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第774夜:鳴子の秋

121020_naruko_sansaisoba10月になって、こけし関係のイベントが最盛期になっており、今週は津軽こけし館で伝統こけし工人フェスティバルが開かれている。体調が良くなるにつれ、こけし産地が恋しくなり、流石に津軽は遠いので、昨日日帰りで鳴子まで行って来た。大人の休日倶楽部会員向けにJR東日本のウィークエンドパス(8700円)が6000円の割引料金になるのを利用した。目的は大沼秀雄さん、高橋正吾さんに古作こけしを見て貰うことと昔話を伺うこと、熊谷正さんにこけしを依頼することであった。口絵写真は、鳴子駅前の食堂で食べた山菜そば。季節がら、山菜以外にも色々なきのこが沢山入っており実に美味であった。

東京9:40発の新幹線で古川を経由し、鳴子に着いたのは12:55。そのまま大沼秀雄さんのお店へ。秀雄さんと奥さんが迎えてくれた。秀顕さんは工人フェスティバルで不在。写真(2)は秀雄さんと奥さん。

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久し振りの挨拶をしてから、先ず、高橋みねのこけし(第596夜参照)を見て頂く。描彩は面描も胴模様も竹雄ではないかとのこと。みねのこけしは繋温泉で大正末に売られていたとのことであるが、竹雄さんは繋温泉に行ったことはないので、南部系のキナキナ風の木地に竹雄が描彩し、みねが繋温泉に卸して売っていたのではないか、ただ、こけしの表情は昭和に入ってからの竹雄のように思えるとのことであった。その後、岩太郎94歳の写真や秀雄さんの小学校時代の写真などを見せて貰い、秀雄さんがこけしを作り始めた頃の話を伺う。

お父さんの竹雄さんは心筋梗塞で亡くなったそうで、とても苦しんだそうだ。秀雄さんも心臓にステントが2個入っているそうだが、戦前ではそうした治療法はなく、どうしようもなかったのであろう。秀雄さんは高等小学校卒業後、徴用で塩釜のドックで働いていたが終戦となり、何もやることがなくなった。その時(昭和20年の冬頃)、岡崎才吉さんが家に来られ、岩太郎直系の家を再興するよう説得されて才吉さんの弟子となった。弟子とは言え、自宅からの通いで才吉さんの秀雄さんに対する扱いは非常に丁寧であったとのこと。昭和33年の夏に才吉さんの工場を辞め、いよいよ独立することになったが、自宅には竹雄さんのこけしは1本もなかった。そこでお母さんのみつをさんが川渡の知人に貸していた竹雄こけしを返して貰い、それを元にこけしを作り始めることになった。みつをさんもそれから描彩を再開したのであるが、すらすらと描いて秀雄さんに教えたとのことである。みつをさんはかなり厳しく描彩を秀雄さんに教えたので、秀雄さんの初期のこけしはみつをさんのこけしにとても良く似ている。なお、みつをさんの胴模様は楓と重ね菊が殆どで車菊は描かなかったらしい。そのため、秀雄さんも当初は楓と重ね菊だけで、車菊は西田峯吉さんから竹雄さんのこけしを見せられてから始めたとのことである。

次いで、坂道を登り、スキー場近くの高橋正吾さんの工房へ向かう。正吾さんにも高橋みねのこけしを見て貰う。みねは高橋利四郎の妻であり、利四郎は高橋直蔵の弟子で、直蔵系列に入るからである。正吾さんは、みねのことも知っていたが、持参したこけしに直蔵系列の特徴は見られず、秀雄さんと同じような見解であった。写真(3)は正吾さん。

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正吾さんには、その後、持参した武蔵古作(第746夜参照)を見て貰った。一緒に持っていった中屋旧蔵武蔵(正末昭初と言われている)と比べながら木地の形や描彩の筆法など詳しく見て頂いたが、製作年代はそれほど違わないのではないかとのこと。一応、写しの作成もお願いしてきた。

16時半を回った頃、正吾さん宅を辞して、熊谷正さん宅に向かう。10年程前に一度お邪魔したことがあるのだが、なかなか見つけられなかった。熊谷さん宅は美容店をやっており、隣に工房がある。近づくとロクロの音が聞こえ、熊谷さんは在宅であった。突然の訪問にも拘わらず、作業を留めて話を聞いてくれた。写真(4)は工房の熊谷正さん。

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鳴子訪問の直前にヤフオクで、民之助と初見の珍しいこけしを入手することが出来、事前の連絡もせず、急遽、訪ねることになったのである。そのため会えないかも知れないと思っていたが、家に居られて良かった。帰りの電車の時間が迫っていたため長い話をすることは出来なかったが、こけし製作のお願いをすることが出来た。

熊谷さんの工房を出ると、もう辺りは暗くなっていた。温泉街に戻ると、通りの店々には明かりが点いていた。行楽期の土曜の夜、本来なら観光客でごった返していてもと思うのだが、それほどの賑わいは見られなかった。今年は夏の暑さが長引いたせいか紅葉は未だ始まったばかり。紅葉の名所の鳴子もようやく色づき始めた程度であった。

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写真(5)は正吾さん宅の前のスキー場の紅葉。

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コメント

僕も昨年の夏に母と鳴子に泊まり掛けで行ってきました、秀雄さんのお店にも行きましたが、奥さんの話によると、大震災の時にお店のこけしが一本も倒れなかったとか・・、鳴子は震源地からやや遠いとはいえ、奇跡的な事だと感心してしまいました。桜井昭二さんなど昔の鳴子を知る人が鬼籍に入ってしまった今日、秀雄さんや正吾さんにはいつまでも元気で居て欲しいですね。

投稿: 益子 高 | 2012年10月22日 (月) 22時25分

益子様
あの地震でこけしが1本も倒れないとは確かに奇跡的ですね。昭和40~50年代のこけしブームの頃に働き盛りだった工人さんがたも段々少なくなってきました。秀雄さん、正吾さんには100歳工人を目指して貰いたいものです。

投稿: 国恵志堂 | 2012年10月22日 (月) 23時08分

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