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第776夜:敏道のこけし

Toshimiti_s60_kao今日から11月、辺りの紅葉はまだまだと言った感じだが、朝夕はめっきり涼しくなって上着が手放せなくなった。先日のヤフオクで、阿部敏道のこけしを入手したので、今夜はその紹介をしたい。敏道さんは国敏さんの父親であるが、ガイドブックなどでの記載も殆どなく、そのこけしはあまり多くはないようだ。口絵写真は敏道こけしの表情である。

阿部敏道さんは昭和16年11月28日の生まれ、阿部金一、シナの息子である。昭和20年に父金一が亡くなっているため、父からの指導は受けられなかった。息子の国敏さんは木地を陳野原幸紀さん、描彩を敏道さんから習ったとのことなので、敏道さんは木地はやらず、描彩は母シナさんから習ったのであろう。

Toshimiti_s60_hikaku_2

写真(2)は左から、治助7寸、シナ6寸、敏道6寸4分、国敏6寸の4代のこけしである。治助は昭和16年作で、表情は優しくなっている(第390夜参照)。シナは戦後初期の昭和36年頃の作(第368夜参照)。敏道は胴底に「昭和60年8月」の記入がある。表情は治助型であるが、頭頂部の大きな蛇の目と太い前髪は太治郎型を連想させる。国敏は胴底に「H5.9.23」の鉛筆の書き込みがある。国敏は平成5年5月からこけしを作っているとのことであり、掲載のこけしは極初期のこけしと言うことが出来る(第515夜参照)。敏道さんはもともと木地屋ではないので、こけしブームの時に愛好家が描彩を勧めたのではないかと思われる。同じ治助型を作っても、こけしには作った人の個性が現れるものであり、そこが見どころと言えるだろう。

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