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第782夜:渡辺忠蔵のこけし(本人型)

Watacyu_honnin_s37_kao暫く前、ヤフオクに渡辺忠蔵の初期のこけしが出ていた。「こけし 美と系譜」に掲載されている忠蔵のこけしと同手であるとのコメントも付いていたが、出品価が高めだったせいか、最初の出品では入札はなかった。その後、2回目の出品があったがやはり入札は無く、出品価で私のところにやってきたものである。忠蔵は、作蔵型、鯖湖型、本人型の3種を作っており、作蔵型と鯖湖型の初期のものを既に持っているが、本人型は持っていなかったので、今回入手した次第である。今夜は、その忠蔵本人型を見てみたいと思う。口絵写真は、その本人型の表情である。

渡辺忠蔵にとって、昭和37年という年は特別な年だったのかも知れない。37年の1月に鯖湖型を作り、同年11月頃からは作蔵型を作り始めたからである。37年の鯖湖型については第289夜を、また同年の作蔵型については第463夜を参照されたい。従って、その同じ37年にどんな本人型を作っていたかは興味のあることであった。

Watacyu_honnin_s37_hikaku

写真(2)は、左が鯖湖型(7寸2分、S37.4)、右が作蔵型(5寸4分、S37.10)、中央が今回入手の本人型(8寸1分)である。「美と系譜」では、カラー頁に由吉、義雄、勝治、福松と錚々たる工人と一緒に掲載されており、解説では『渡辺作蔵の孫忠蔵のは昭和37年1月作、初期の作で近作は作蔵型を意識して工夫を加えている。』とある。また、「こけし辞典」では、『本人型、かなり変化が激しい。35,6年ころの初作は鯖湖を複雑にしたようなカセ、撥型の細かい前髪、鯨目に近い明朗でおどけた表情のを作った。胴模様はロクロ線の試作時代で、佐久間虎吉や佐志馬の影響をうけたようなものを作っている。返しロクロはこの時代の作である。』と。本項の作は、木地形態、面描、胴模様とも「美と系譜」と殆ど同一のため、同時期即ち36年から37年頃の作と言ってよいであろう。面描では、下瞼がくねっており、鼻は作蔵型と同じである。胴模様は、胴上部には2本の赤の太いロクロ線を、下部には赤と紫の太いロクロ線を配し、中央部にはやはり2本の太い赤ロクロ線を締めている。そして、上部と中央の間には緑の返しロクロ線を、下部と中央の間には紫の返しロクロ線を入れている。色を変えた2段の返しロクロ線が空間を上手く埋めている。自身の新しい型を作ろうと言う意欲が感じられる作品である。

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