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第793夜:戦前の健三郎こけし

Kenzaburo_s15_kao 今夜は、大沼健三郎の戦前のこけしを見てみたいと思う。健三郎は古くからこけしを作っていたと思われるが、確認される古いこけしは昭和12年頃のものとされている。そのこけしは泥臭く野趣に富んだもので古鳴子の風格を持ったものである。類例は「木の花(第拾八号)」『ピーク期のこけし(四)』を参照されたい。しかし、その後の変化は意外に激しいものがあり、そのあたりを見てみたいと思う。口絵写真は、健三郎昭和15年の表情である。

Kenzaburo_s15_hikaku

写真(2)右が今夜紹介する健三郎(昭和15年5月)で、左は16年5月(第432夜参照)の健三郎である。昭和2年から10年間木地業から離れた健三郎は昭和12年に木地業を再開し、こけしも復活した。戦後にあれほど沢山のこけしを作った健三郎であるが、残っている戦前作は多くなく、健三郎こけしの文献紹介も少ない。「こけし加々美」では昭和15年作を掲載して『此の2,3年来兄を直摸した稚拙な描絵のこけしを造り出して居る』と評している。本項のこけしも同じ15年の作で、蕪型の頭とその上部にチマチマと描かれた面描は岩蔵を想起させ、「こけし加々美」の評を裏付けている。胴には、岩蔵のトレードマークである蝶も飛んでいる。そして、それから1年後の左のこけしと比べると、その素朴さが一層際立つのである。第780夜の大沼希三のところでも述べたが、戦前のこけしブーム時の昭和14年に復活した希三のこけしは、復活当初は素朴で泥臭い味わいを持っていたが、それから1年あまりの間に急速に変化し、華麗な美人こけしに変貌していった。それは、今回の健三郎の15年と16年のこけしでも言えることである。当時のこけし界を取り巻く雰囲気(こけしの売れ行き)に影響されたことは想像に難くない。今まで、こけしを戦前の古品と戦後のこけしとに分けて評価することが多かったが、戦前のこけしでも、よくよく見てみると相当の変化があったことが分かるのである。戦前ものは、残念ながら残っているものが少なく、その違いを多くの実物で実証するのは難しいが、じっくり検討すべき課題でもあると思う。

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コメント

戦前のこけし、魅力ありますね。最近古い鳴子系にも興味がひろがってきました。

投稿: yukaeri | 2012年12月16日 (日) 01時27分

yukaeri 様
鳴子系に興味を持っていただき嬉しい限りです。
戦前の鳴子こけしは結構多様性があり、じっくり見てみると、その奥深さに惹きこまれます。
そして、だんだん病みつきになりますよ!

投稿: 国恵志堂 | 2012年12月16日 (日) 13時00分

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