第823夜:戦前の武蔵と武男
昨夜紹介した古品の中には、高亀系と思われるこけしが2本含まれていた。1本(大きい方)は、その表情から高橋武蔵と思われたが、もう1本(小さい方)は、武蔵とは表情が少し違うように感じられた。戦前の高亀では、武蔵の他に、長男の武男と三男の直次もこけしを作っており、その可能性も考えられた。直次は昭和15,6年の一時期しか作っておらず昭和19年には亡くなっているため、そのこけしは古品として各種文献にも掲載されているが、武男は昭和13年から21年まで軍隊に行っていたため制作数が少ないこともあってか、文献では「古計志加々美」に載っている程度である。ところで、今回この2本のこけしを並べて眺めている内に、あることに気が付いたのである。今夜はその話をしたいと思う。口絵写真は戦前武男こけしの表情である。
写真(2)が昨夜紹介した戦前の高亀系こけし2本。右は武蔵で間違いないであろう。左は武蔵とは表情が明らかに異なる。文献などで見る直次とも異なるため、武男ではないかと考えた。そこで、表情以外に武蔵との相違点を探したところ、頭頂部の赤い水引の様式が違うように思えた。左の武男は、後ろに流れる2筆の赤い水引が左右とも紡錘状の後髪と平行に描かれていて、交差していないのである。一方、右の武蔵は水引が後髪から放射状に描かれていて、後髪と交差しているのである。
この特徴が他の時期の両者のこけしにも見られるかどうか調べてみた。写真(3)は左3本が武男で、左から昭和30年代、20年代、戦前。右3本が武蔵で、右から昭和30年代、昭和10年代前半、10年代後半である。
それぞれの頭頂部を写真(4)に示す。左3本の武男こけしでは戦前~戦後を通して、後方への水引が後髪と平行という様式が確認された。また、右の武蔵こけしについても後方への水引と後髪の交差が見られる。伝統に厳格な高亀にあっても、このような個々の特徴は保たれたのであろう。この特徴は戦前の武男こけしの判別法として有効ではないかと思われる。
さて、ここで気になるのが第26夜で紹介した高亀系こけしである。正吾さんに鑑定して貰い一応武蔵作で落ち着いたが、その若々しい表情と重ね菊の様式などから、私は密かに武男作ではないかと思っていた。
そこで、頭頂部を比較したのが写真(5)である。左が昭和20年代、右が今回のこけし、そして中央が第26夜のこけし。中央のこけしは水引が後髪に接しているものの平行に描かれており、武蔵というよりは武男と考えた方が自然であろう。
写真(6)は写真(5)の3本を正面から写したもの。頭頂部の様式の他、中央のこけしと左のこけしでは重ね菊の描法も良く似ている。なお、中央のこけしは紀元2600年(昭和15年作)であり、この時期、武男は兵役に就いているのであるが、「古計志加々美」掲載品は昭和15年作となっており、休暇で戻ってきた折に作ったものと思われる。
なお、正吾さんの初期の作(昭和20年代から30年代前半)では、この水引の様式が武男と同じく平行になっている。当初、武男に描彩を習ったものであろうか。その後、正吾さんの水引は武蔵型に変わっていくのである。
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コメント
未だに詳しいことが頭に入りません。どうやら頭が悪いです。
こうして深く掘り下げて観察する能力に欠けているので、ここに来て読むと、いつも感心してうなずいてばかりです。
この前の記事にもありましたが、良い古品に出逢うことは、現在では夢のまた夢。わずかでも手に出来た時は感謝するしかないです。
昨今のこけしブームですが、新しいこけしファンが、少しでも長くこけしを愛してくれますようにと祈る気持ちです。
投稿: nina | 2013年4月12日 (金) 16時30分