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第830夜:福寿の盛勘治型

Fukujyu_sakari_kanji_kao先日のヤフオクにあまり見かけない表情の福寿こけしが出品されていた。福寿コレクターを自認する身であれば手元で直に眺めたく、先ずは入札に参加し、締め切りまでには間があるため、出品こけしの写真をじっくりと眺めてみた。その内に、その表情がどこかで見たような気がし出した。それが昭和20年代末の小寸盛こけしであることに気付くのにさして時間はかからなかった。そのことから、出品されている福寿こけしは、盛の勘治型を真似ていることが分かったのである。福寿の勘治型に関しては、幅広く集めまた研究もしているが、第700夜で示したように、その初期のものに関しては今一つはっきりしない状態であった。今回のこけしで、福寿の勘治型の初期の不明な部分がややはっきりした。そういう意味でも私にとっては価値のある1本となった。口絵写真は、その表情である。

Fukujyu_sakari_kanji_2hoko

写真(2)が今回入手した福寿のこけし。大きさは9寸である。ややきつめではあるが、凛々しい表情で存在感のあるこけしである。

Fukujyu_sakari_kanji_syoki3

写真(3)は、福寿独身時代の勘治型と思われるこけし。中央が本稿のこけしで、左は第1夜や700夜でも紹介した尺5寸、勘治型と言うよりは「勘治風」と言った方が良いかも知れない。右は「こけし悠々」に掲載されている尺2寸(36cm)。中央と右は殆ど同型の勘治型である。

Fukujyu_sakari_kanji_hika3
写真(4)は、左が盛の小寸こけし(4寸)、右は盛と福寿のこけしを並べたところ。木地形態(特に肩の部分)、面描とも良く似ているのが分かると思う。ただ、胴模様だけは、福寿さんは自分流の勘治型菊模様を描いている。

昭和27年3月、土橋慶三氏が有名な西田勘治を持って鳴子を訪れる。その時、盛と福寿がその写しを作ったのが勘治型の始まりとされる。しかし、盛の勘治型はその年の内に盛流に変化していく。特に肩の形態と面描(特に目の描法)は大きく変わる。肩の山は低く小さくなり、目は浅いお椀を上下に重ね、その中に眼点を入れたような描法で、目頭と目尻は尖っており、勘治のように両端が丸まった円やかな目とは異なる。当初は目尻の下がった温和な表情であったが、後には目尻の上がったきつい表情となる。これを特に「盛勘治型」と呼んで、勘治の原に忠実な「勘治型」とは区別している。

そういう観点から見ると、今回の福寿こけしは明らかに「盛勘治型」と呼べるものであって、福寿さんも当初は盛に倣って盛勘治型を作っていたのが明らかになった。写真(3)に示したように、これと同様のこけしは「こけし悠々」63頁に載っている。しかし、その写真でしか見たことがなく、本当に盛勘治型かどうか判断に躊躇していたのである。

福寿さんの勘治型も、27年3月の西田勘治の写しから始まるのであるが、「高勘」で盛、盛雄と一緒に生活していた時期には、盛勘治型を作っていたのであろう。しかし、この時期には新型こけしに惹かれており、盛勘治型の制作数は少なく、従って現在目にすることは稀なのだと思われる。福寿さんが、真の勘治型を作り始めるのは、結婚して遊佐福寿となり、「高勘」から独立してからになったと思われる。(第700夜参照)

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