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第880夜:鳴子こけし行脚(2)

1311naruko_yoshi_hyosatuこけし行脚2日目は、鳴子温泉の中心から少し離れた高橋義一、森谷和男の両名を訪問する予定になっていた。いずれも車を使わないとなかなか行けない場所である。義一さんの所へは何回か行っているが、いつも川渡の駅まで迎えに来てもらっていた。森谷さんのお宅はさらに1駅仙台寄りの池月で、初めての訪問である。「高勘」デーのこの日の最後は柿澤是隆さんのところ。そこで、熊谷正さんに電話をすると在宅しているとのことで急遽訪ねることにした。口絵写真は義一さん宅のこけし表札である。

 

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写真(2)は幸雲閣のバイキング朝食。トレイの左手前はなめこオロシ、右手前には長ナス、しそ巻き、玉こんにゃくなど地元の食材を取ってきた。

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写真(3)は、ようやく辿り着いた義一さん宅の玄関。勘治型と普通型の大きなこけし絵が玄関先を飾っている。

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写真(4)の右手が工房。こちらにも入口の引き戸にこけし絵が描かれている。

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写真(5)は工房の中。ロクロ台の周りには、木取りされた材木がきちんと積まれている。

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写真(6)はイベントなどの実演でも被っている手拭を見せて貰った。笑顔が素敵な義一さん、目前に迫った横浜人形の家でのこけし展用の作品製作に大忙しとのことであった。

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写真(7)は義一さん宅の周りの風景。集落の外れの畑の中である。

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写真(8)は近くの中華店で食べた「岩のりラーメン」。厚いチャーシューも2枚入っており、ボリューム満点でお腹がいっぱいになった。

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写真(9)は森谷和男さん宅。居間の襖を開けると、奥の間には森谷さんの作品各種が並んでいる。森谷さんは85歳、「高勘」工人の最長老である。耳が遠いようで補聴器を使っておられたが、常に笑みをたたえた穏やかな好々爺である。昔の話を聞いてみたが、詳しいことは覚えていないようであった。

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写真(10)は居間の角に置かれている勘治型など大寸物。

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写真(11)は急遽訪問した熊谷正さんと以前に作ったこけし。昨日は病院に行っていて不在だったとのこと。昨年、大手術をして、その後の体調は今一つで力が入らないとのこと。無理をしないで休養に努めて貰いたい。

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写真(12)は柿澤是隆さんのお店。持参した「高勘」の各種こけしを前に、色々と話を伺った。

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写真(13)は是隆さんの新作。「高勘」のこけしをベースにして是隆さんが編み出したもの。顔の上方に付いた目尻の上がった瞳がきかん気娘を思わせる。淡く付けた頬紅が愛らしい。是隆型(是隆こけし)と言ってよいだろう。「高勘」の主要なこけしを作り尽くした是隆さんが、それらの上に、今後どのようなこけしを作っていくのか注目される。

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写真(14)は地元の収集家のお宅に連れて行ってもらったもの。部屋の壁全面に飾られたこけし群像に圧倒された。流石に地元の収集家は凄い。

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写真(15)は、今回の鳴子訪問で入手したこけし。こけしの入手を目的とした訪問ではなかったが、それでもこれだけ集まった。左より大沼秀雄さん6寸、83歳になってからの作とのこと、岩太郎家の品格は相変わらず。2本目からの3本は森谷和男さん。戦後の盛さんの優しい表情を写している。ただ勘治型5寸は異色。太目の胴にヤブにらみの表情は凄い。勘治型でも他のものは優しい表情なので一際目立つ。5本目の帽子こけし5寸は熊谷正さん。体調の優れない中頑張って作ったのだろう。キリットした目が素敵。右から2本目、3本目が是隆さんの新作「きかん気娘」6寸。目は二重と一重の二種類、胴模様も菊とナデヒコの二種類。黄胴と頬紅が印象的。右端は勘治型5寸3分、好きなのでつい求めてしまう。

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コメント

最近は若い女性の間で「こけしブーム」になっていると言われていますが、所詮ブームは一過性のものが多く、ブームが終わった後にどれだけの人がファンとして残ってくれるのか、そして、その時に地場産業としてのこけしが果たして残っているのか?。懸念すべき点が多々有ると思います。それにしても、こけし界の聖地とも言える鳴子ですら工人さんの減少ぶりが目立っているのだから、他の産地、特に原発事故の影響が強い土湯などどのような体たらくぶりなのか?、考えるだけでも暗澹たる気分になります(本当なら足繁く通って積極的に購入して応援すべきなのでしょうが、薄給の貧乏サラリーマンゆえにたまの旅行での買い物をすることしか術がなく、我ながら情けない思いです)。

高勘の直系の家族が鳴子を引き払っていたという話しには少なからずショックを禁じ得ませんでした。このような鳴子と高勘家の現状を勘治さんはあの世で盛りさんや盛雄さん、敏文さんと共にどういう思いで見て居られているのでしょうか?。複雑な思いです。

投稿: 益子 高 | 2013年11月22日 (金) 22時43分

益子高様
今言われている「第3次こけしブーム」はあの昭和40~50年代の第2次こけしブームとは根本的に違っており、あの当時の熱狂的ともいえるブームが再現することはないでしょう。それでも、こけしに関心を持ってくれる人が増えることは嬉しいことであり、その中から真のこけし愛好家が増えることを祈って止みません。一方でこけし工人の減少は深刻な問題で、そう遠くない内に各系統とも一握りの工人がこけしを作るような事態になりかねません。こけしが消滅することはないにしても、工人が競い合うことによって生まれた多様性は少なくなってしまうでしょう。そのような状況になるのを少しでも防ぐために、自分達に出来ることは何なのかを真剣に考える必要がありますね。実際に産地に行って工人さんと話をすることで得られるものは多いと思います。

投稿: 国恵志堂 | 2013年11月24日 (日) 00時07分

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