第912夜:橘コレクションのこけし(酒井正進と安藤良弘)
写真(2)に問題のこけしを示す。右の2本が今回入手したこけしである。真ん中は「こけし談叢」百九十四丁に写真掲載の3本の内中央の現品。左はその「こけし談叢」の写真である。談叢では、岩本芳蔵となっており、『肌の細かい豊かな頬、狭い額に打たれた赤い小さな三つ宛の点、笑いかけるいる様な三日月型の眼、厚くて小さい唇、内気で色気たっぷりな娘さんといった感じである。胴は珍らしい紫の花、それに緑の葉を配して、まるで派手な友禅の晴着である。』と解説されている。本項のこけしでは、残念ながら退色のため、紫の花と緑の葉は墨の輪郭のみ残して消えてしまっている。右のこけしは談叢掲載品ではないが、同手のこけしの1本と思われる。
写真(3)は上記右2本のこけしの胴底に張られたラベルである。談叢のこけし(左)のラベルには「中の沢 1934.11 野々垣氏より 酒井正進」とある。また右のこけしラベルには「中の沢 1935.3 酒井正進(岩本芳蔵を訂正)」とある。いずれも当時は酒井正進のこけしで通っていたことが分かる。ところで、「こけし辞典」では、談叢のこけしは、安藤良弘(福島県立工芸試験場の技師)の描彩によるもので木地は岩本芳蔵とある。そして、安藤良弘は酒井正進や本田信夫のこけしの描彩を指導し、正進のこけしとして流布しているもののうちには、良弘の描彩によるものがあるのではないか、とも書かれている。上記右のこけしなどがそれに当たるのであろう。
さて、この2本のこけしは安藤良弘が作った見本のこけしと考えられるが、談叢の写真からでは分からなかった点も見つかった。頭頂部と鬢の様式である。
写真(4)は両者の側頭部を斜め上から眺めたものである。頭頂部には両者とも赤で桔梗と思しき文様が描かれている。鬢は後に丸く湾曲しており、左の談叢のこけしでは、この鬢の中にも桔梗模様が描かれている。この2本の細部を比べると、頭頂部の緑のロクロ線が左は黒い蛇の目の内側に1本だけであるが、右では蛇の目の内と外に2本描かれている。また、左にあった赤3点の額飾りが右では無くなり、前髪の様式も異なる。鼻と口の描法も異なる。
写真(5)に、正進のこけしと並べてみた。右から2本目は昭和10年頃の正進(第274夜参照)、右端は13年の正進こけし。真ん中2本の桔梗模様を比べて頂きた。殆ど同じであることが分かると思う。正進の胴模様は良弘のものをそのまま使ったことが分かる。前髪、眉、三日月目も殆ど同じ様式と言える。
写真(6)(7)は頭頂部の蛇の目と鬢である。流石にこの2点については良弘の様式を流用していない。しかし右から2本目の蛇の目は緑のロクロ線が2本残っており、共通点も覗われる。鬢については全く違う。安藤良弘の見本から出発して、芳蔵本人型なども参考にして徐々に変わっていったのが分かる。
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