第928夜:間宮明太郎のこけし
津軽系の間宮明太郎は明治28年、南津軽郡大鰐の生まれ。明治42年、15歳より父忠太郎について木地修業を行ったが、こけしは殆ど作らなかったらしい。本格的にこけしを作り始めたのは、昭和になってからで木村弦三氏の勧めによる。その作るこけしは、全こけし中で最も原始的な形態とされ、描彩は児童画をみるようであるとされる。
写真(2)は弦三コレクションの明太郎。「津軽のこけし」(弘前市立博物館発行)の125頁の写真である。明太郎のこけしは初期は目が点状や白目で表情のない埴輪のようなものであったが、次第に表情が出てくるようになる。
さて、写真(3)が本項のこけし。大きさは8寸1分。木は如何にも古そう。1本の木地を首の部分でくびらせて頭と胴に分けた簡単な形態。胴模様は無く、裾部と胸部に2本ずつの鉋溝を入れて単調な寸胴にアクセントを加えている。胸部の鉋溝には色は無いが、裾部の鉋溝には紫(黒)色を入れている。弦三コレクションの胴も同様の様式であるが、胸部の鉋溝には赤色を入れたものもある。
全体的にモノトーンの色彩であるが、口には薄っすらと紅が差してある。これが唯一の色彩である。このこけしの一番の特徴は、目が大きいことである。弦三コレクションやその他の文献を見ても、このようなクリクリ目は見当たらない。
このこけしを手元で眺めていると不思議な感覚を覚える。他の幾多のこけしから感じる印象とは全く違うのである。確かに最初に作られたこけしは、このように簡素なものであったのであろう。弦三コレクションに見るように、この時期の明太郎はかすかなアルカイックスマイルを浮かべているのであるが、このこけしは目が大きいこともあって愛らしいこけしになっている。、
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