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第932夜:勝之助のこけし(伊勢・熊野詣で1日目)

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今週の月曜日(12日)より昨日まで、二泊三日で伊勢・熊野詣でに行ってきた。東日本はこけしの旅で毎年数回は旅をしているが、西日本となるとなかなかそういう機会もなく、久しぶりの旅行であった。伊勢神宮、熊野大社、高野山・奥の院をメインに瀞峡、那智の滝、谷瀬の吊り橋など紀伊半島の秘境にも寄ってきた。ホテル浦島の洞窟風呂も圧巻であった。

さて、今夜は先日の橘コレクションで入手した勝之助のこけしである。口絵写真はその表情。

蔵王系の我妻勝之助は明治8年、遠刈田小妻坂の生まれ。明治24年17歳の時、佐藤周治郎について木地修業を行い、明治27年には蔵王高湯に移った。蔵王では独立して店も持ったが、万屋の職人としても働いた。橘文策氏により発見され、昭和5年頃よりこけしを復活した。昭和8年には木形子洞頒布が行われたが、昭和9年9月30日に60歳で亡くなった。残るこけしは木形子洞頒布品を中心に昭和5年から9年までのものが殆どであるため、作品数は少ない。

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写真(2)が本項のこけしで大きさは8寸。例によって全体的に汚れで黒ずんでおり消しゴム作戦で多少はきれいになった。前面はかなり退色しており、緑色は殆ど消失しているのが残念である。但し、後面は赤と紫のロクロ線が良く残っており、作られた当時の色彩(特にピンクがかった赤色)を垣間見ることが出来る。

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本こけしをヤフオクの出品写真で見たとき、先ず思い出したのは、「こけし古作図譜」や「木の花(第弐拾八号)」に掲載されている北村勝史蔵の勝之助こけしである。写真(3)の右が北村蔵品で大きさは1尺。「木の花」には北村蔵品の特徴が述べられているので、それを引用しよう。「正末昭初の作ではないかと考えられる。・・・(中略)・・・。面描の線は細めで力強い。おかっぱ頭の前髪はバサバサと筆跡を残して描かれている。大寸ものであるにもかかわらずねこ鼻を描いており、面描全体から受ける感じは佐藤文六のこけしに似ている。胴底はきれいに挽かれている。」と。これらの特徴は全て本項のこけしにも当てはまることであり、本項のこけしが北村蔵品と同時期に作られたものであることが想定される。

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写真(4)は頭頂部と胴底。頭頂部にはリボンが無いかわりに中剃りが描かれている。中剃りは緑とあるが、本項のこけしでは退色しているため色の確認はできない。
伊勢・熊野詣での初日の写真を少々…。

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写真(5)は伊勢神宮外宮の外観(中は写真撮影禁止)

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写真(6)は伊勢神宮内宮の外観(中は写真撮影禁止)

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写真(7)は内宮横の「おかげ横丁」

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写真(8)は「おかげ横丁」前にある赤福本店の出来立て「赤福」

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写真(9)は「おかげ横丁」内の鮨やで食べられる松坂牛のにぎりと巻物

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