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第939夜:栄治郎型再考(1)

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岡崎栄治郎のこけしと言えば、製作年代がはっきりした最古のこけしとして有名であり、その栄治郎のこけしは栄治郎型こけしとして、蔵王系の工人に引き継がれている。その第一人者である岡崎幾雄さんのこけしは戦後の第二次こけしブームの頃には入手難のこけしとして垂涎の的でもあった。その栄治郎型こけしが最近は人気がないと言う。確かにヤフオクなどを見ていても、あの入手難だったこけしがいとも簡単に手に入る。最近は第三次こけしブームとも言われるが、そこで人気があるのは旧来からの伝統的なこけしよりも、可愛いもの、変わったもの、面白いものであるようだ。このような明治時代から綿々と作り続けられて来た本格的なこけしが大事にされないのは、何ともやるせない思いがする。そこで、今一度、栄治郎型こけしについて考えてみたいと思う。口絵写真は、幾雄作岡崎栄治郎札幌時代のこけしの表情である。

岡崎栄治郎は明治5年の生まれ、16歳より青根温泉で佐藤久吉の弟子となり木地修業。一年後に蔵王温泉に戻って木地業を始め、蔵王系こけしの創始者と言われている。その後、大正に入ると山形市材木町に移り、以後各地を転々とし、大正5年には北海道に移った。北海道では札幌などで木地を挽き、昭和12年5月29日に66歳で没している。

栄治郎のこけしは蔵王時代と札幌時代のものが確認されている。それらのこけしを幾雄さんの復元作で見ていこう。蔵王時代のものは、明治29年に仙台屋の注文で作った1尺5分の帯付のこけし2本と米浪コレクションの1尺である。仙台屋のこけしは「山形のこけし」に、米浪コレクションのこけしは「こけし 美と系譜」に写真掲載されており、また昨年、カメイ美術館で開催された東京こけし友の会の創立60周年記念展示会では始めて3本揃って展示された。最近発行された同会の図録「友の会の名品と思い出のこけし」にも3本揃って掲載されている。

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写真(2)は幾雄さんのこけし。幾雄さんは昭和31年に仙台屋のこけし(2本の内、1本は東京こけし友の会蔵となり、残りの1本)を元に栄治郎型を作り始めたのであるが、その後自分流にアレンジして製作していた。写真(2)左がそれである。原寸で平成6年の作。平成5年、友の会の創立40周年の記念こけしとして、友の会蔵の栄治郎型の忠実な写しを作り、以後この栄治郎型も作っている(第43夜参照)。写真(2)中央がそれである。桂材で平成16年の作。米浪栄治郎型の製作は平成10年代に入ってからで、写真(2)右がそれ。桂材の原寸で平成16年の作である。

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さて、栄治郎札幌時代のこけしは細胴3本組と尺以上の大寸ものが残っている。写真(3)の右3本が細胴3本組で、左2本は大寸物の復元作。細胴3本組は7寸2本(正面菊と桜崩し)と4寸5分の作り付け。幾雄さんがこの3本組を何時から作っているか定かではないが、写真(3)は平成9年の作。左から2本目は西田コレクションにある尺3寸の栄治郎の復元作で原寸、平成16年の作である。左端は石井コレクションの栄治郎尺3分の縮小復元作と思われる。大きさは8寸、桂材で平成22年の作。

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