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第941夜:橘コレクションのこけし(小関幸雄)

Koseki_s14_kao

相変わらず橘コレクションの出品が続いているが、やはり良いものにはそれなりの値が付き、年金生活の身ではそうそう入手することも厳しい状態になっている。それでも蒐集欲には勝てず、何とか細々と続けている。今夜はそんな中で入手した小関幸雄のこけしである。剥がれてしまったのか、胴底にシールは貼られていないが、大きさ、木地形態、描彩からして、「こけしと作者」の83図(198頁)に掲載されているものと思われる。例によって相当に黒く汚れていたが、消しゴム作戦の助けで、それなりに観賞できるこけしとなった。口絵写真は、その表情である。

先ず、小関幸雄の略歴を「こけし辞典」でおさらいしておこう。大正2年、米沢市上郷町竹井の生まれ。昭和12年から14年まで、新山福太郎の弟子となり、冬のみ弥治郎で修業をした。その後、竹井の自宅で独立・開業、戦前は昭和18年頃まで、こけしも作った。昭和12年から14年までの弥治郎時代のこけしは、弥治郎系こけしには珍しい角頭、細胴の異色ある作品である。・・・。昭和14年刊の「こけしと作者」にはじめて写真紹介され、「大体福太郎のこけしに似ているが、表情のトボケたところからみて、特異な素質を持った作者であることが解る。・・・」と書かれている、とある。


Koseki_s14_3men

写真(2)が本項のこけし。大きさは9寸4分。前述の「こけし辞典」の解説から、このこけしは弥治郎時代のこけしと思っていたが、「山形のこけし」の小関幸雄の項を読むと、そうではないらしい。「山形のこけし」の解説を要約する。
『幸雄のこけしは前述のように、修業の過程から、弥治郎新山家の伝統をひくものである。昭和12年冬、13年冬、14年冬の三年にわたって作られたものが弥治郎時代の作品である。・・・(略)・・・。昭和14年3月31日、竹井に戻って来た幸雄は自宅の轆轤で本格的に営業を始める。弥治郎とまったく同じに作ってはということで、細胴を作るのがこの時期である。頭をやや角ばらせて、胴を直胴にしたのである。胴模様も襟とすそ模様のほかに、福太郎も描いていた重菊も加え、バラエティに富んだ作品が生まれた。取集界ではこの時期のものを「ステッキ」などと呼んでおり、文献によってはこれを弥治郎時代初期としているものもあるが、間違いである』と。
この解説に従えば、本項のこけしは昭和14年4月から8月(「こけしと作者」発行)までの間に作られたものということになる。戦前の小関のこけしは弥治郎時代と竹井時代に分けられ、本項のこけしは竹井時代初期ということになる。

Koseki_s14_atama_soko

写真(3)は頭頂部のロクロ模様(左)と胴底の鉋の4つ爪跡(右)である。

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