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第952夜:空白期の鳴子のこけし達

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昨日、今日と35度を超える暑い日が続き、何をするにも億劫になったのは年のせいであろうか。何とか気を奮い起こしてブログの更新に取り組んでいこう。さて、先月、ヤフオクに戦後20年代前半のこけしが出ていた。この時期のこけしは数が少なく、またこけし界での評価も低かったために文献等での記載も殆どなく、空白の時代のように思われる。今回、その時期の鳴子こけしが纏めて数点出ていたので、紹介しようと思う。口絵写真は、秋山忠市のこけしの表情である。

Cyuichi_sakari_s20mae

さて、写真(2)を見て頂こう。左が秋山忠市のこけしで、右は高橋盛のこけしである。盛のこけしには胴底に「昭和24年11月」の署名がある。盛は戦前から秋田に移住しており、23年に鳴子に戻っているから、戻ってからそれほど日が経っていない頃の作である。木地形態では2本とも頭が相当角張っているのが分かる。

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さて、写真(3)では表情のアップを見て頂こう。先ずは左の忠市と盛の表情である。一重の瞼は短く、大きめのクリクリ眼が愛らしい。忠市と盛は異なる系列に属するが、この2本の表情は同じような雰囲気を持っている。盛の鳴子に戻って直ぐのこけしはこれとはかなり異なるこけしであり(次回紹介)、それから考えると、鳴子に戻ってからの変化である。当時の鳴子の風潮が、盛をしてこのようなこけしを作らせたと言えるだろう。右は、同時に出品された高橋武男(武蔵の印あり)のこけし、昭和21.11.6の書き込みがある。「高亀」のこけしもこのように眼点の大きな瞳を描いていたのが分かる。第943夜で紹介した桜井昭二と大沼力も大きな眼点のこけしを作っており、戦後の鳴子こけしは、このような表情のこけしが大勢を占めていたのであろう。伝統こけしの作品としての良し悪しは別にして、終戦後の疲弊した人々の心を癒すには、このような表情のこけしが求められていたのかも知れない。
このような鳴子こけしの状況に危機感を持った土橋慶三氏が有名な「西田勘治」を持って鳴子を訪れるのは昭和27年の3月になってからである。そこから、戦後の鳴子こけしの復興が始まるのである。

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