第971夜:待望の乗り太郎!
佐藤乗太郎のこけし(古品)は鳴子系の中でも根強い人気があり、なかなか入手する機会がなかった。鳴子通を自認する国恵志堂にあって、乗太郎のこけしはぜひとも揃えたいこけしの筆頭でもあった。そんな中、先の極美古作の第2回目の出品作の中に乗太郎のこけしがあった。他の一連の出品作から、この乗太郎がかなり古いものであり、その保存状態も極美とはいかないまでも充分満足のいくものであった。入札品としてはかなり高価なものにはなったが、300万を超えた運七を筆頭に、浅之助、盛秀、中島正など100万を超えたこけしから見れば、相応の価格で手に入れることが出来たと言えるだろう。今夜はこの乗太郎こけしをじっくり見てみたいと思う。口絵写真は、その乗太郎の表情である。
先ずは、こけし辞典を参考に乗太郎の経歴を振り返ってみよう。佐藤乗太郎は明治36年、山形県最上郡最上町向町の生まれ。大正5年、小学校卒業と同時に高橋武蔵の弟子となり木地修業を始める。「高亀」では昭和2年まで働き、その後、向町に戻る。向町では昭和11年まで木地業に従事し、木地製品を瀬見温泉や赤倉温泉に卸していた。木地業は昭和11年に辞め、米穀業に転業した。なお、乗太郎とそのこけしについて纏まった解説がある文献は、「こけし辞典」「こけし鑑賞」「山形のこけし」などである。
乗太郎のこけし製作は大正期から昭和11年までと、それほど長い期間ではないが、その中でも作風には多少の変化があるようだ。大まかに分けると、大正末期から昭和初期にあたるものと、それ以降昭和10年代のものである。これを仮に前期と後期と称することにする。各時期の特徴について、「山形のこけし」は次のように述べている。
前期:昭和初期のこけしは一筆目で、高亀系の気品のある質朴な作で、胴模様も・・・。この頃のこけしは他の鳴子系の古作と同様に、肩が極めて低いのも特徴である。「こけし鑑賞」96頁の右のこけし等が代表的である。
後期:昭和10年前後になると、目鼻が極めて小さくなり、眼の間隔が広く離れて、ノンビリした田舎風の表情となり、胴は、肩の段が高く盛り上がるが、胴模様は・・・。「こけし鑑賞」96頁の中央のこけし等が代表的である。
さて、写真(2)が本項のこけしを3方向ら見たものである。大きさは1尺1寸。下膨れの大きな蕪頭の雄大なこけしである。
写真(3)は頭頂部と胴底である。前髪うしろの大きな膨らみが特徴的である。
では、この乗太郎と武蔵古作とを比べてみよう。写真(4)は右が本項の乗太郎で左は正末昭初の武蔵(中屋旧蔵)である。木地形態、特に湾曲の少ない直線的な胴と、低い肩の山は酷似しており、その当時(正末昭初)の「高亀」の様式を窺い知ることが出来る。頭の形は乗太郎の蕪形が際立つが、全体の大きさの違いもあり同じ傾向と言って良いであろう。
次に胴模様を見てみよう。写真(5)は重ね菊に添えられた蔓(つる)を比べたものである。蔓の先端が垂れた様式は古い武蔵に見られる特徴で、乗太郎にも同様の蔓が描かれており、同時期のものと思われる。
写真(6)は重ね菊の最下部。一番下の菊花には添え葉は無く緑の土が描かれている。これも武蔵の古い様式で、乗太郎もそれに倣っている。
以上、木地形態(特に胴と肩の山)と胴模様は正末昭初の武蔵古作(当時の「高亀」の標準様式か)と同様の作風であり、本項の乗太郎こけしも同時期のものと考えられる。
乗太郎のこけしはほぼ「高亀」の様式を踏襲しているようだが、面描についてはかなり個性的で乗太郎独自の特徴が見られる。表情については、先に前期と後期の特徴を記載したが、本項の乗太郎のように前期のものであっても、一側目のものは後期の特徴があてはまる。ただ、前期のものは前髪の位置が高く眉目も上方に描かれるが、後期になると下に下がってくる傾向がある。同じ目の間隔が開いた表情であっても、前期のものほど素朴で大らかなであるのに対し、後期のものはややコケティッシュな印象を受ける。「原郷のこけし群(第一集)」の56-57頁の乗太郎こけしを見て頂ければ、この違いがある程度分かって頂けると思う。
さて、本項のこけしでは、前髪うしろの大きな膨らみが気にかかる。このような前髪は大沼系列のこけしには見られるが、武蔵始め「高亀」の他の工人の作には類例を見ない。また、乗太郎のこけしでも後期のものには見られないことから、前期の特徴の一つなのかも知らない。なお、武井武雄著「「愛蔵こけし図譜」に掲載されている乗太郎の大寸(1尺3寸5分)こけし絵(写真(7)の左)にはしっかり描かれているが、中寸ものには描かれていないことから大寸もの用の様式なのかも知れない。
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