第233夜:丑蔵の小寸物
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すっかりこのブログから遠ざかってしまった。1か月以上も掲載しなかったのは開設以来初めて出会った。最初は何となく話題が作れなくて日が経ってしまい、そうなるとなかなか書こうという気持ちも薄らいでいく。8月は友の会の例会もなく、余計に怠けてしまった。最近はヤフオク(ネットオークション)にも心を時めかすような出品が少なくなった。その原因として落札価格の低下が挙げられるだろう。これはここ1,2年で顕著になってきた。出品が増えたためである。暫く前なら高値になった津軽系の有名工人の状態の良いこけしでもそこそこの価格である。昭和40年代以降に集めた収集家が高齢になって処分をする方法の1つとしてヤフオクを使うようになった。一方で、購入側の人数はあまり増加していないから、供給過剰となり、一部のこけしを除いて落札価の下落を招いているのであろう。逆に見ると、今は安価で良いこけしを入手できる好機でもある。先週、久しぶりにヤフオクで入手したこけしを紹介しよう。
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先週の土曜日に「難病」の宣告を受けたことを書いた。それから1週間、色々な検査が行われ、昨日その中間結果が出た。CT検査、血液・尿検査の結果は特に異常はないという。「不治の難病」であることに替わりはないのであろうが、症状はそんなに進んでいないのかも知れない。それを聞いて少しは元気が出てきてブログを書く気になった。激励のメールなど頂き、感謝しています。第74夜に勝洋さんの正吉写し(5寸)のことを書いた。今年の友の会の正月例会のお土産こけしは、この写しを4寸に縮尺したものが頒布された。(皆勤賞の方には原寸写しが授与された)。木曜日に勝洋さんからこけしが届いたので、今夜はこの写しの第2作と「原」こけしを共に紹介しよう。
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護さんのこけしで最も人気があるのは、「直助型」であろう。今夜はその「直助型」を見てみよう。かく言う私も、「良いこけしだなあ」と思って初めて入手したのは、この写真の直助型であった。2年程続いた護さんのピーク期のこけしも60才を過ぎると下降線をたどり始める。その護こけしが再び脚光を浴びるのが、この直助型であった。直助の孫、佐藤英太郎さんが木地業を継ぐべく遠刈田に帰郷して護さんの弟子になったのは昭和32年、英太郎さんの作り出す直助型こけしは直助の再来とばかりに賞賛を受けた。そんな世の中の風潮がさせたのか、あるいは愛好家の働きかけによるものであったのかは私には分からない。いずれにせよ護さんの胸中は複雑だったに違いない。
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こけしを鑑賞する上で、表情が占める割合は大きい。表情には千差万別あるが、一番多いのはやはり笑顔であろう。こけしの微笑みを見ることで癒されることは多い。微笑みにも色々あるのは、「弘道の微笑み」の項でも述べた通りである。今夜は佐藤護さんを取り上げてみた。護さんのこけしは収集を始めた初期(昭和40年代末)に当時の老工のこけしとして1本入手していたが、特に興味があった訳ではなかった。昭和50年代末から60年代にかけて、護さんの三男である勝洋さんのこけしに魅力を感じて色々集めている中で、護さんのこけしにも関心が出てきたのである。そして護さんの事を文献等で調べ、またこけしも入手することによって、益々興味が深まるとともにその魅力に惹かれていったのである。
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昨年9月に始めた本ブログも暫く滞ってしまった。第17夜から今年の話を始めよう。今日、神田「ひやね」で15時から恒例の初売りがあったので出掛けてきた。この時期には珍しいかなりの雨模様の中、こけし好きな方々が50名以上は集まっていた。天気が良ければもう少し多かったことだろう。友の会の会員の方の顔も多く見受けられた。中に本ブログを知っている方がおられたこともあって、またブログを再開することにした次第である。
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