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第50夜:謎のリボン(照井音治)

Otoji_kao

早いもので、今年も最終週に入った。そして千夜一夜(Ⅱ)を始めて50夜となる。計画的に記事を掲載している訳ではないので、結果的に内容がかなり偏ってしまった。今夜はあまり触れることがない南部系のこけしを取り上げてみよう。南部系のこけしは手持ちが少なく、1本も持っていない工人も少なくない。そんな中、最近照井音治のこけしがコレクションに加わった。南部系の中でも他系との混血のような藤井梅吉と照井音治。これでようやく両名のこけしが揃ったことになる。口絵写真は、音治の表情である。

照井音治は明治18年12月5日、岩手県稗貫郡湯口村下志沢の生れ。明治35年18歳の時に青根の小原直治について木地を習った。その後、各地を転々としたが、大正の終り頃に花巻へ移り南部商会の職長となった。南部商会は不況の為昭和11年に休業し、翌12年には君塚木工所として再開するが、この失業時期に音治はこけしを沢山作り、それらが多く残っている。その後、昭和14年4月15日に花巻にて急逝。56歳であった(以上、「こけし辞典」より)。


Otoji_3men

さて、こちらが本項のこけしである。大きさは1尺。かなり古色が付いて、彩色も鮮やかさは薄くなっているが、胴模様最下部の紫色も何とか識別できる状態ではある。音治のこけしと云うと、胴は太目の直胴で裾部まで真っ直ぐに切れ落ちているものが多いが、本項のこけしでは胴裾部がやや広がって台状になっているのが珍しい。

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胴底には「箱崎商店(花巻駅前)」の印が押されている。「こけし辞典」に掲載されている14年作のこけしも同様の形態と思われ、描彩の雰囲気も似ていることから、本項のこけしも昭和14頃と推測される。

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さて、本項のこけしの後頭部を見てみよう。前髪や鬢より遥かに大きなツンゲが描かれているのである。更に、ツンゲの上方、赤い手絡模様との間に緑の線が見える。蝶型をしている所から、これはツンゲの上部を結んだリボンではないかと思われる。古いこけしには、胴の裏に色々な模様を描くことが多く、これもその一種なのであろうか。音治は直治の弟子であり、そのこけしの基本は遠刈田系で、頭頂部には青点と赤点が描かれるなど青根の古様式も残っている。

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コメント

今年も大変勉強になりました。ありがとうございました。
ここ2~3日急激に冷え込み福島も雪景色になりました。
佳いお年をお迎え下さい。

ピノ助様
今年も一年間お付き合い頂き、ありがとうございました。来年もよろしくお願い致します。
それでは、良いお年を…。

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