第59夜:武治再考(1)
年末から年始にかけて穏やかな年越しを迎えた2016年であったが、ここのところ、株の暴落が続き、SMAP解散が紙面を賑わしたと思ったら、昨日はツアーバスの事故で多くの若い命が失われた。来週には大寒波が押し寄せるとの予報も出ている。今後の波乱を予想させる1月である。さて、こけし界で秋保というと、菅原庄七が連想されるほどの第一人者であるが、その分、山尾武治や佐藤吉雄は語られることが少なく、文献等でもあまり触れられていないのが残念である。そこで、今夜は、山尾武治のこけしを改めて考えてみたいと思う。口絵写真、昭和15年の武治こけしの表情である。
前述のように武治こけしに関する記載は少なく、その年代変化も定かではない。種々の文献によれば、武治のこけしとしては久松旧蔵品の大正期7寸が最古らしいが武治と確定されている訳ではない。武治と確定されたこけしでは、小野旧蔵品の1尺1寸9分(「伝統こけしとみちのくの旅」掲載)やらっこコレクションの8寸がともに昭和初期として知られている。また、米浪旧蔵の2本(1尺、4寸)や無為庵蔵の1尺3寸(「撰」掲載)も昭和初期とされている。その他、「古計志加々美」掲載の1尺4寸3分も古いものであろう。
さて、この年末から年始の間に2本の武治こけしが国恵志堂にやってきた。こちらの2本で大きさは1尺。共に戦前の作と思われるが、雰囲気は大きく異なるこけしである。写真左は胴底に「15.6.16」の書き込みがあり、秋保で求めたものと推測される。頭はそれほど大きくなく全体的には細身で均整のとれた木地形態である。写真右はそれよりやや後、昭和17年頃ではないかと思われるが、頭はかなり大きく胴も太目で、肩がかなり張っている。また、左に比べると胴上下の2本の緑ロクロ線が細くなっている。
中でも一番の違いは顔の表情であろう。写真左は、前髪、鬢、面描を普通の筆で勢いよく描いている。特に眉、目、鼻は筆致太く豪快に描かれて、迫力のある表情となっている。前髪が上方にあるため眉目の位置も上にあがって明るく元気な表情である。一方、写真右は、前髪と鬢が平筆風に細かく描かれ、前髪は顔のかなり下まで垂れている。また眉、目、鼻は写真左とは対照的に面相筆で実に細く描かれている。細い瞳は黒目がちでやや微笑んでいるようにも見える。両者を良く見ると眉目の湾曲や鼻など大きく勢いがあり、筆の太さだけが違うような感じでもある。
「らっこ」や小野旧蔵品、無為庵蔵品などを見ると、面描は相当に細く鋭いものがあり、特に無為庵蔵品は眉・目・鼻の描線だけ見ると本項の写真右と相通じるものがある。一方、米浪旧蔵品は眉目の筆致太く、写真左の雰囲気に近いようだ。
こちらは側面と後である。頭部の手絡模様には殆ど違いは見られないが、写真左には後頭部に3本の山型の赤線の飾りが入っている。また、署名もしっかりと記されている。右では後頭部の山型は無くなり、署名は下部に枠付きで「山尾武治作」と書かれた跡がかすかに見られる。
「らっこ」と無為庵蔵品には胴の重ね菊の下部に土が描かれており、これらが昭和初期で古く、その後、眉目が太くなった米浪旧蔵品が続き、その流れが本項写真左を含む昭和15、6年頃までであろうか。その後再び眉目が細くなって本項写真右になるという一つの流れが連想される。次回は、今回の2本以外の武治こけしも入れて、この流れを辿ってみよう。
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