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第118夜:精助のこけし

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先週の友の会旅行では、七ヶ宿の横川で横川木地業の歴史についての話を聞いた。その中で、横川には木地師の高橋精助が弥治郎から移り住んでいたという話があった。精助は明治時代から木地を挽いており、こけしも作っていたと推測されるが、現存するものは昭和14,5年に収集家の要望で作った少数が知られているに過ぎない。前から欲しかった精助こけしを入手したのは7月で、その写しを佐藤裕介さんにお願いしていたのが先日出来上がった。今夜は、先ずその精助こけしを紹介したい。口絵写真は精助こけしの表情である。

高橋精助は明治21年、弥治郎の生まれ。小倉嘉吉の二男で嘉三郎の弟である。学校卒業後、父について木地修業を始めた。明治45年、七ヶ宿横川の高橋長太郎の娘婿(養子)となって高橋姓となった。結婚と同時に横川に移ったが、木地は殆ど挽かず、農業や林業に従事したようだ。昭和14,5年頃に収集家の求めに応じて少数のこけしを作ったが、その後は農業や林業に専念した。昭和25年10月23日逝去。63歳。

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こちらが、今回入手した精助こけし。「愛玩鼓楽」掲載品で、鈴木鼓堂氏の旧蔵品である。大きさは6寸2分。胴底には「高橋精助作 五十二才 昭和十四年9月」の署名がある。「愛玩鼓楽」には同時期の作が4寸から1尺7寸1分まで、大きさ・形の違うものが6本掲載されている。これを見ても、精助が以前に種々のこけしを作っていたことが推測される。頭は頭頂部が平らで、そこからふっくらとカーブで首まで繋がり、首にはお約束の太い鉋溝が入り、首下には更に段が入ってアクセントとなり単調さを補っている。そこから胴裾にかけてはなだらかに膨らんで、裾直前でかすかに凹み、胴裾は広がっている。この胴裾の広がりも弥治郎古式のお約束である。胴底の面取りはなされていない。弥治郎の古い様式をしっかり踏まえながら、絶妙のバランスで木地が挽かれており、6寸物とは思えない存在感のあるこけしである。全体に古色が付き、色彩もかなり退色しているが、それが却って木地に馴染んでしっとりとした雰囲気を醸し出している。

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こちらは、斜め上から頭部を見たところと胴底の署名である。頭頂部のロクロ線は、紫と赤の2色で頭髪は無く、頭飾りは額に小さな赤点が一つ。逆三角形に描き下ろした鬢の上には赤点が3つ、鬢の下部後の鬢飾りも小さな赤三筆と簡素である。眉・目は筆力のある細筆で勢いよく描いており、表情は鋭い。頬紅も小さな赤点である。実に風格のあるこけしであり、精助の力量が推し量られる。

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