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第122夜:寿彦の初期こけし

Toshihiko_s60_futu_kao

昨夜は遊佐寿彦の勘治型こけしについて紹介したが、今夜は寿彦の初期のこけしを紹介しよう。寿彦は昭和33年の生れ。高校卒業後(昭和51年)に父福寿について木地修業を始めた。当初は木地挽きが中心だったようで昭和50年代のこけしは見たことがない。「60.9.7(ナルゴ祭り)」と書かれたこけしは時々見かけるので、昭和60年9月の鳴子こけし祭りには本格的にかなりの数のこけしを作ったと思われる。口絵写真は60年1月の寿彦こけしの表情である。

Toshihiko_s60_futu_2men

こちらのこけしは胴底に「60.1.27」の鉛筆書きがある。大きさは8寸。手持ちの寿彦こけしでは一番古いものである。署名もきちんとされているので売り物として作られたものであろう。ロクロ線の無い白木地に「高勘」伝統の大きな正面菊を2輪描いただけの簡素なこけしである。筆使いはぎこちなく、各花弁も不揃いで全体としての菊花も整っていない。4つの添え葉も単純で、未だ描き慣れていないことが一目で分かる。面描の筆致もたどたどしいが真剣さは伝わってくる。

Toshihiko_s60_hauko_hikaku

こちら右のこけしは、「60.5.6」の底書きがある6寸。左は同時期の福寿作。この昭和60年6月には、高橋五郎氏による「図譜『lこけし這子』の世界」が刊行され、それを記念して「這子のこけし」の復元作が数種類作られ、その中に福寿の盛写しもあった。左のこけしがそれである。この2本、木地が全く同じであることが分かると思う。この頃は、福寿こけしの木地は寿彦が挽いていたのである。その木地に寿彦が描彩したのが右のこけしである。胴模様は、これも「高勘」の代表的な横菊と正面菊を上下に並べたもので、上の8寸と比べると筆使いがかなり慣れて来たのが分かる。面描にも力強さが出てきたようだ。

Toshihiko_s60_henka

こちらは小寸物。左端は4寸のたちこ(作り付け)で、昭和60年5月6日の署名がある。上の6寸と同時期で、向かって右目が下がる描法は同じである。右3本は「60.9.7」の書き込みがあるこけし。左から2本目は4寸の勘四郎型であるが、頭は嵌め込みになっており、面描の筆致にも勢いがある。右の5寸2本もやや粗削りではあるが面描は強く張りがあり、前髪や水引も大きく力強い。胴一杯に描かれた菊花もバランスが良く素晴らしい。この時期の寿彦作はバラつきはあるが、素朴さと荒々しさを持ったこけしであり、それが初期作の大きな魅力となっている。やがて、手が慣れるとともに力強さが薄くなり、整ったこけしへと変わっていくのである。

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