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第267夜:幻の岩太郎(3)

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国恵志堂の鳴子古作は、高橋五郎氏の見立てでは明治期の「岩蔵旧作」ということになったが、勿論それで決定という訳ではなく、岩蔵以外の可能性も考えられなくはない。その1は、木地は二人挽きではないかという指摘(高橋正吾氏)。岩蔵は16歳(明治24年)から一人挽きロクロに上がったと言われているが、岩太郎は終生二人挽きだったという。岩蔵が師匠の木地に描彩したとは考えられないから、二人挽きなら岩太郎の可能性が強い。その2は、筆の使い方が岩蔵とは異なるという指摘(橋本正明氏)。岩蔵の筆は真ん中で力を入れ、それから力を抜いて引く描法であるが、この鳴子古作では力の強弱は感じられないという。そして、その3が胴の石竹模様である。

国恵がこの古作こけしを見て岩太郎ではないかと考えた理由のひとつが石竹の模様であった。それは岩太郎直系の竹雄の草書体時代の作の多くに石竹が描かれていたからである。岩太郎の弟子で小さい頃から身近で岩太郎のこけしを見ていたであろう竹雄のこけしに石竹が多いのは、岩太郎が石竹が得意で沢山描いていたからなのではないだろうか?

この古作の太目の胴一杯に大きく描かれた石竹は野に咲いている花をそのまま写実的に描いたようであり、その見事な描写は一朝一夕のものでないことは明白である。かなり熟練した工人の筆によるものであろう。

一方、岩蔵は復活後に多くのこけしを作っているが菊模様が多く、石竹模様は見た事がない。問題のこけしが岩蔵作だとしたら、明治期にこれほど見事な石竹を描いた岩蔵が、何故復活後に描かなくなったのかは大きな疑問である。

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ここで、本項の古作と竹雄のこけし(右:大正末期、植木氏蔵)を比べて見よう。この竹雄こけしは頭が蕪形で顔の面積も狭く、左の古作に雰囲気が似ている。

さて、石竹模様である。石竹の花は5弁で構成され、各花弁の先はギザギザになっているようだ。左の古作では各花弁が長く5筆で描かれている。一方右の竹雄作では各花弁は短く3筆で描かれている。そのため、一見するとあまり似ていないように見えるが、様式は一緒なのである。
個々に分解してみる。先ず、左の古作では肩口にあった鉋溝が右では胴下部に移っている。その理由は分からないが竹雄の古いこけしで肩口に鉋溝が入ったものもあるようだ。
次に、左の鉋溝の上に描かれた赤い投げ筆は、右でも肩最上部に描かれている。左では畳付きに接して描かれた土玻は右では下部の鉋溝に接して描かれている。また、石竹の花はいずれも3輪で、左では胴上部に上から見た5弁花とその下に横から見た3弁花、そして向かって右側に3弁花が1つ。一方、竹雄は胴下部に5弁花、胴上部の左右に3弁花を2つ描いている。左の古作では写実的に描かれていたものが、竹雄になって様式化(文様化)されたと言えるのではないか。
最後に、本項の古作はその風格、古雅な趣など、幻の岩太郎を思わせる明治期のこけしであることは間違いないであろう。

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コメント

もし、この作品が岩太郎存命中、若しくは岩太郎と交わった人達が多数生存していた昭和初期の第1次こけしブームの時に発見されていたらわりかし簡単に作者が判明していた可能性があったかも知れませんね。そう思うと発見が遅れた事は残念な気がしますが、作者が容易に判明出来ないだけ、その分大きく想像が膨らむ感じがして楽しい面もあると思います。いずれにせよこの作品はその形態、制作年代に於いて、同じ鳴子の高橋勘治、大沼けさのや蔵王高湯の岡崎栄治郎、土湯の佐久間浅之助クラスの大名品だと言うことは疑いないでしょうし、そういう作品が何気なく入手出来ると言うのも、ネット社会の面白さでしょう。

益子 高様
こけし収集界の名立たる大先輩でも、このようなこけしを目にすることは出来なかった訳で、そういう意味では非常に貴重でありがたいことだと思います。これもネット社会になった恩恵の一つなのでしょうね。今後も、思わぬところからあっと云うようなこけしが出てくるかも知れません。楽しみですね…。

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