第264夜:幻の岩太郎(1)
昨年の12月10日(日)の夜、いつものようにパソコンでヤフオクを見ていると、鳴子の古風なこけしが出品されていた。古いように思えるが、色彩は完璧に残っており保存状態は頗る良い。鳴子好きの国恵(筆者)はたちまちこの古雅な趣のこけしに心を奪われた。一体誰の作であろうか。肩に1本の太い鉋溝とその上に描かれた大きな赤点(投げ筆)の様式は庄司永吉を思わせる。頭頂部の平らな蕪頭は岩蔵風。胴模様は何であろうか。竹雄が得意とした石竹の原型ではないだろうか。そんな特徴を思い巡らすと一人の工人名が頭に浮かんだ。庄司永吉、大沼岩蔵、大沼竹雄の共通の師匠にあたる大沼岩太郎である。絶妙な木地形態、大胆な描彩の胴模様、古雅な表情は、小物挽きの名人と言われた岩太郎ならきっとこんなこけしを作ったのではないかと想像される。そう思い始めると心のワクワク感は一気に高まり、何としてでも手元で現物を見てみたいという欲求にかられてしまったのである。口絵写真は、その鳴子古作こけしの表情である。
それから入札締め切りまでの6日間、岩太郎の確証を得るために各種の文献を漁るが、岩太郎と確認されたこけしが存在しない現状では、確証など得られるすべはなかった。同じ出品者から同時に出品されていた古玩類の年代が明治から昭和初期のものであることから製作時期の推定を行い、何とか自分なりに納得のできる理由を考えて入札に臨んだ。締め切り当日の12月16日(土)、入札価格は桁違いに上がっていった。しかし、数年前に正末昭初の保存極美のこけしが纏めて出品された時の高騰ぶりの経験からある程度の覚悟は出来ていた。何とか想定内の価格で落札できたのは今思っても幸運だったと思っている。
落札後に出品者の古物商から伺った話では、会津若松の旧家の蔵から出てきたもので、土人形やお雛様などの中に1本だけ、こんな感じで入っていたとのこと。他にこけしは無かったことから、蔵の所蔵者はこけしには特に興味はなかったのだろう。
さて、こちらがその全体像。大きさは6寸である。胴は太く、肩の深い鉋溝は斜めに入っている。また肩の山は低いが絶秒のカーブを描いている。頭は胴と同じくらいの太さで、典型的な蕪型。前髪は簡単な櫛形で、鬢は3筆、内側が長めである。胴には石竹と思われる花が3輪大きく描かれ、畳付きに接して緑の土玻が大きく描かれ、そこから緑の茎が伸びている。
こちらが、頭頂部と胴底。前髪の後から2筆の紡錘型の黒髪を垂らし、前髪と接する部分に赤点を入れ、そこから左右に5筆の水引をぼってりと描いている。前髪後ろの赤点は鳴子系では他に見たことがない。胴底は鋸での切り離しで中央の芯に切り残しがあるため、立てるとグラグラして安定が悪い。
昨年末に入手したのに本ブログでの発表が今になってしまったのは、このこけしについて詳しく調べてからにしたいと思ったからである。
先ず、大沼岩太郎研究の第一人者で「木の花(第弐号)」に『大沼岩太郎考』を掲載している橋本正明氏に、2月のこけし談話会で見て頂き、岩太郎を中心に岩蔵か岩太郎系列の他の作者かという感想を頂いた。この時点でこのこけしが岩太郎である可能性はかなり高まった感じはあった。
次は、昭和24年に鳴子の古いこけし4本を入手し、鳴子こけしの源流に関して研究し、こけし手帖618号に『「新発見の鳴子系こけし」と「長蔵文書」の再考』という記事を掲載した高橋五郎氏に現物をお見せしてお話を伺うことにした。その結果は次回に・・・。
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現在の処現物未発見の岩太郎ですが、これがもし岩太郎でしたらこけし界最大級の発見になりますね。次回の御報告が楽しみです。それにしても、この様なこけしマニアにとっては国宝級の逸品がこういう形で見つかるとは本当に面白いですね、ロマンを感じます。
投稿: 益子 高 | 2018年4月15日 (日) 21時41分
益子 高様
ネット社会になって、戦前の古品こけしが高価で売買されることから、古物商が古品をネットオークションに出すようになり、今まで知られなかったものが出てくるようになりましたね。旧家の蔵にはまだまだ古いこけしが眠っているかも知れません。確かにロマンがありますね(笑)。
投稿: 国恵 | 2018年4月16日 (月) 10時56分
>胴底は鋸での切り離しで中央の芯に切り残しがあるため、立てるとグラグラして安定が悪い。
この切り離しの跡は画像から見る限り鋸ではなく、カンナによるものです。
正吾さんが二人挽きと判断した根拠を差支えがなければ教えてください。
投稿: 木童舎 | 2018年4月30日 (月) 05時39分
木童舎様
胴底の切り離しはカンナでしたか。ありがとうございます。
正吾さんもはっきり仰った訳ではなく、「二人挽きかも知れないなぁ」という感じでした。
投稿: 国恵 | 2018年4月30日 (月) 08時10分
二人挽きの可能性を言われたのは、『底の最後の切り離し跡』からのようです。全ての工人がとは判りませんが、武蔵より聞いた話では
「足踏みなどの動力の場合、回転数が高いので切り離しギリギリまで鋸を当てていると木地が飛んでしまうので、最後の手切りにある程度の太さが残る。
が、二人挽きの場合はほぼ切り離し迄鋸をあて、自然と木地が下に落ちるので、切り離しの最後の芯が点の様になる」
これは普通なら木地側に向かって歯を当て、底が凹状になるのに。轆轤側に向けて歯を当てて底が独楽みたいに凸状になっている事からも関係しているみたいです。
投稿: | 2018年5月 7日 (月) 17時24分
・・・様
詳しい補足説明、ありがとうございました。
投稿: 国恵 | 2018年5月 8日 (火) 12時53分