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第303夜:大沼みつをのこけし(戦前)

Mituwo_senzen_kao

竹雄の妻みつをは、大沼岩太郎から続く大沼家の伝統を夭逝した竹雄に代わって子の秀雄に繋いだ女性工人として知られている。みつをは戦前から竹雄や義弟正雄の木地に描彩を行ったと言われているが、そのこけしは確認されていない。先日、ヤフオクに戦前のみつを作として1本のこけしが出品され入手することが出来たので、今夜はその紹介である。口絵写真はその表情である。

Mituwo_senzen_2men

こちらがそのこけしである。大きさは6寸5分。胴底は鋸の切り離しで「大沼みつを」というペンの書き込みと「しかま」という青のゴム印が2個、出品者である童宝舎の印が押されている。出品者のコメントで鹿間時夫氏の旧蔵品となっている。他に鉛筆で「1944.1」と読める書き込みもある。

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全体的に稚拙な描彩であり、描き始めて間もない頃の作と思われる。鬢飾りが大きいこと、重ね菊の花芯が立っていることから、竹雄の草書体から楷書体への移行期以前(昭和10年以前)の作ではないかと思われる。ところで胴底に書かれた「1944.1」は昭和19年1月ということで、竹雄が亡くなってから4年も経っていることから、これは製作年月ではなく、入手年月と思われる。

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55才(数え年なら昭和33年)との署名があるみつをこけし(右)と並べてみた。昭和33年は秀雄が岡崎工場から戻って大沼家伝来のこけしを本格的に作る事になり、みつをがその手本として戦後のこけしを作り始めた頃である。面描、胴模様とも端正なこけしに仕上がっており、竹雄の楷書体になってからのこけしを写している。左のこけしから右のこけしに変わるためには、かなりの修練があったと思われるが、その辺りは想像の域を出ない。近々秀雄さんに会って聞いてみたいと思っている。

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コメント

こんばんは、今回の作品は後藤希三さんの初期にとても似てますね♪

しょ〜じ様
希三さんは大沼竹雄にこけしを習ったということなので、やはり似ているのでしょうね。
上手くはないけど、古風でおおらかな描彩は魅力です!

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