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令和になって最初の東京こけし友の会の例会が昨日(26日)、神田のフォーラムミカサ・エコで開催された。5月にしては記録的な暑さに見舞われたこともあってか、出席者はやや少な目の46名であった。5月のおみやげこけしは遠刈田系の佐藤早苗さんで4種類があった。例会ギャラリーは平塚会長の担当で、仙台の男沢春江のこけしを取り上げて、解説をされた。新品頒布は6工人で、新進工人のフレッシュな作品が人気を呼んだ。中古品では入札・抽選こけしを含めて、保存の良い興味深い作品が並んだ。第二部は、全日本こけしコンクールとハンガリー大使館で開かれたイベントの様子がスライドで紹介された。口絵写真は、筆者が受け取ったおみやげこけし。
今回の談話会旅行の2日目、他のメンバーの多くは弥治郎や遠刈田に向かったが、国恵は今年最初の鳴子参りに出掛けた。先ずは、鳴子でも最長老の一人となった大沼秀雄さんに挨拶し、秀顯さんの車で正吾さん宅へ。秀雄さんはこけし作りを止めてしまったが、同学年の正吾さんはまだまだこけし作りに励んでいる。嬉しい事だ。持参した正吾さんの昭和20年代のこけしを見ながら昔話を伺う。正吾さん宅を辞して上野々からの坂道を下って上鳴子の松田工房に向かう。日曜日の昼過ぎであるが街の中心街にも観光客の姿は見当たらない。昨年の紅葉時に来た時には鳴子駅から溢れんばかりに中国人の観光客が居たのだが…。平時の観光客の誘致は難しいらしい。松田工房で大弘さんと対面。近作の話を伺った後、工房を案内してもらい、持参した庸吉、民之助を見てもらい、幸八系列のこけしの話に花が咲く。こけし製作の依頼をして、久し振りに鳴子峡に向かう。半世紀以上も前に最初に訪れて以来、度々散策した川沿いの遊歩道は落石の危険から今は通れなくなっていた。口絵写真は正吾作、深澤コレクションの作者不明こけしの表情である。
令和元年第1回目のこけし談話会は新装なった弥治郎こけし村センターホールにて、5月11日(土)に開催された。東京こけし友の会の公式行事である「こけし談話会」は年4回開催されているが、内1回はこけし産地で開催されるようになって今年で3回目を迎えた。会員持ち寄りの貴重な古品を多くの工人に見て頂き、こけしに関する造詣を深めるとともに会員と工人の懇親を深めるのが目的である。今回集まって頂いた工人は、小倉勝志、佐藤英雄(懇親会のみ)、新山実、星定良、新山吉紀、新山真由美、鎌田孝志、高田稔雄の各工人と現在修業中の見習い工人2名であった。また仙台の高橋五郎さんにも参加頂いた。参加した会員は16人に及び、総勢30人余りの賑やかな談話会となった。談話会の後は同じ会場での懇親会となり、弥治郎の工人さんが用意してくれた猪肉を含めた豪華な料理とお酒に大いに盛り上がった。弥治郎の工人さんに感謝です! 口絵写真は弥治郎系古品の表情である。
平成の世が終わり、今日から「令和」の時代が始まった。日が変わった時には雨が降っていたが、午前9時の現在、ここ横浜では天気予報に反して改元を祝うように太陽が顔を出している。さて平成最後のこけしとして大沼秀顯さんのこけしを紹介しよう。秀顯さんの祖父大沼竹雄のこけしは戦前の昭和10年代前半頃には鳴子の街中では数多く見られたこけしだと言う。しかし、そのこけしが現在ヤフオクを初め中古市場でも目にすることは驚くほど少ない。第一次こけしブームのピークといわれる昭和15年の初めには亡くなってしまったことが大きな原因かも知れない。国恵はそんな竹雄のこけしが好きであり出来るだけ入手すべく努めてきた。今回のこけしは楷書体時代の昭和13年頃の作と思われるが嬉しいことに前面の色彩が良く残っている。このこけしを秀顯さんに預けて写しの制作をお願いしたのは2年程前になる。ようやく出来上がって送られてきたので紹介しようと思う。口絵写真は、その竹雄写しの表情である。
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