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長かった戦争も終わり、疎開児童で溢れていた鳴子の町にも平穏が訪れた。こけし作りは綿々と行われていたが、世の中の変化は大きく、その影響がこけしにも及んでくるのにそれ程の時間はかからなかった。下目で瞳の大きな表情は、フランス人形を思わせるものであり、それが鳴子を訪れる観光客(湯治客)にも評判が良かったのであろうか、街中の土産店の店頭を埋めていった。当時の収集界はそのような鳴子のこけしに無関心であり、そのようなこけしが収集家のコレクションに残ることもなかった。ようやく収集界が動き出したのは昭和27年に土橋慶三氏が高橋勘治のこけし(西田勘治)を鳴子に持参して、工人達に鳴子こけしの復興を促してからである。さて、インターネットのオークションに多くのこけしが出品されるに従って、このような所謂空白期の鳴子こけしが日の目を見るようになった。先日のヤフオクに出品されたこけしを紹介しよう。口絵写真はその表情である。
米沢の長谷川正司さんとは長い事懇意にして頂いている。正司さんは数年前に奥さんが亡くなって、その後は自身も体調を崩してしまい、こけしの製作も休みがちでコンクールへの出品も中断していた。今年になって暖かくなるにつれて体調もようやく回復し、鳴子の全国こけし祭りコンクールに久し振りにこけしを出品することになった。吉太郎のこけしに心酔している正司さんは各種の吉太郎型を作っていたが、今回の出品に関して新たな取り組みを考えているようであった。ところで、国恵(筆者)には気になる吉太郎のこけしがあった。天江コレクションにある大正末期の吉太郎である。特異な木地形態と鋭い表情の迫力満点のこけしである。そこでその写真をコピーして正司さんに送った。正司さんも興味を持ったようなので、その吉太郎こけしの所蔵者である高橋五郎さんに問合せを行った。その吉太郎は今までに復元されたことは無いようで、作っても良いとの返答を頂いた。正司さんは鳴子のコンクールに5本のこけしを出品したが、この天江吉太郎型が選ばれて福島県知事賞を受賞した。今夜はその同型こけしを紹介しよう。口絵写真はその表情である。
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