第381夜:戦後空白期の誓こけし
長かった戦争も終わり、疎開児童で溢れていた鳴子の町にも平穏が訪れた。こけし作りは綿々と行われていたが、世の中の変化は大きく、その影響がこけしにも及んでくるのにそれ程の時間はかからなかった。下目で瞳の大きな表情は、フランス人形を思わせるものであり、それが鳴子を訪れる観光客(湯治客)にも評判が良かったのであろうか、街中の土産店の店頭を埋めていった。当時の収集界はそのような鳴子のこけしに無関心であり、そのようなこけしが収集家のコレクションに残ることもなかった。ようやく収集界が動き出したのは昭和27年に土橋慶三氏が高橋勘治のこけし(西田勘治)を鳴子に持参して、工人達に鳴子こけしの復興を促してからである。さて、インターネットのオークションに多くのこけしが出品されるに従って、このような所謂空白期の鳴子こけしが日の目を見るようになった。先日のヤフオクに出品されたこけしを紹介しよう。口絵写真はその表情である。
こちらが今回のこけしである。大きさは6寸。このような一見古そうなこけしが出てきた場合、先ずはその作者が誰で、いつ頃の作であるかが気にかかる。表情の特徴から作者は大沼誓であることは想像がついた。さて、製作時期はと胴底を見ると「1948 730 秋田にて」と記載されている。今回このこけしの出所は東京ということであったが、昭和23年に秋田で入手したということであろう。戦前のこけしで収集家の所蔵するもには、本人署名とか入手者が書いた工人名があることが多いが、昭和23年という時期には何も書かれていないものも多い。
国恵所蔵品には終戦間近の誓こけし(右)があるので、それと並べてみた。右の誓は昭和19年のもので5寸8分であるが木地形態・描彩とも戦前の誓こけしの特徴を良く残している。蕪形の頭はそれ程変わらないようであるが、細身の胴と肩の高い山は大きく変わっており、今回のこけしは鳴子の標準型の形態と言って良いであろう。胴模様は同じ菱菊であるが、筆致が細く勢いも無くなっておとなしい模様になっている。
次に面描はどうであろうか。右こけしの大きな前髪が小さくなり、前髪中央部の突起も殆ど無くなった。右では前髪と後髪の付け根に2筆の黒髪があったが、この部分は3筆の水引に変っている。また、今回のこけしでは鬢は長くなったが、鬢飾りは小さくなっている。表情を見てみると、前髪と眉は近く、やや大人しくなったが三角形の瞳は健在であり、目と鼻の間隔が近くなったものの、表情の醸し出す雰囲気は似ており、誓こけしであることは分かり易い。
最後に、底の書き込みをご覧頂きたい。
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