第424夜:大沼誓のロマンの瞳
新型コロナウィルスの感染拡大はパンデミックとなり終息の見通しはたっていない。日本は何とか踏み留まっているが、この3連休では桜開花に誘われて自粛ムードも緩んでいるようで、心配は尽きない。東京五輪の延期も現実味を帯びて来た。この時期、本来ならTVでのスポーツ中継が花盛りであろうに、現実は再放送で番組を補っている状態。我々高齢者は外出を控え自宅に籠っているため、TVを見るかヤフオクでのこけしの出品を楽しみにしている。そんな期待に応えるように古品を始め興味を惹かれる作品の出品が続いているのは嬉しい。今夜は、そんな中から見つけた大沼誓の二側目のこけしを取り上げてみたい。口絵写真は、その誓こけしの表情である。
大沼誓は戦前から戦後へと長い期間こけしを作り続けた工人であるが、その大正期と言われるこけしがかなり残っている稀有な工人でもある。残っているとは言え、流石に大正期のものともなると保存状態は良く無いものが殆どである。その大正期の誓こけしで保存の良いものが4年ほど前にヤフオクに出品された(第17夜参照)。今回の誓こけしもその大正期のものと思われるが、目が二側目であることが珍しい。力さんのこけしに二側目のものがあることは「わたしたちの 大沼力」(名古屋こけし会発行、大沼力の作品写真集)を見て知っていたが、特に興味を引くものではなかった。しかし、その元になる誓こけしということになると話は別である。手元でじっくり見てみたいという誘惑には敵わなかった。
さて、こちらがそのこけしである。大きさは8寸3分。やや裾広がりの胴に縦長のやや角張った頭を乗せ、肩上部には太い鉋溝があり、カンナ溝の中と肩の山には赤のロクロ線が引かれている。前面の退色が激しいため、緑の葉茎は殆ど消失し、赤の色も薄くなって本来の華やかさが薄くなっているのが残念である。
そこで、保存の良い第17夜の誓こけし(左)と並べてみた。目を除いて木地・描彩とも殆ど同型のこけしであり、同時期に作られたものと思われる。こうして並べることによって、右こけしが作られた時の姿を思い描くことが出来、また、長い年月の間に前面は陽の光を浴びて色彩はすっかり無くなってしまったことが分かる。裏面だけを比べれば、左こけしと殆ど遜色は無いのである。保存の大事さが痛感させられる。
さて、問題の目の部分を見てみよう。鳴子こけしの目については、その殆どは一側目で小寸物などを中心に一筆目も見られる。一方で他の系統では良く見られる二側目は「高勘」系のこけしに見られるくらいで極少ない。しかし、これは戦後の鳴子こけしを念頭に置いた話であり、戦前それも明治・大正期にまで遡ると話は少し変ってくるのではないだろうか。明治期の作と言われる又五郎や勘治の大寸こけし、大正期の盛のこけし等は二側目であり、武蔵のこけしにも二側目のものが存在する。勘治の弟子であり、後には「高亀」でも働いた誓には二側目こけしに接する機会は身近にあったのだろう。そして、大正という時代が二側目を生むような風潮もあったのかも知れない。十日月形の黒い瞳はあどけなさを秘めながら無邪気にこちらを見つめている。じーっと見ていると大正ロマンを感じさせ瞳なのである。
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