第439夜:盛の謎の水引
いよいよGWが始まる。しかし今年はコロナ禍で行楽は自粛だ。ひたすら「ステイホーム」に徹しよう! さて、先日のヤフオクに保存状態の良い高橋盛のこけしが出品されていた。「高勘」こけしには目の無い国恵なので当然チェックの対象であり、取りあえずウォッチリストに入れておいた。最初は戦後の状態の良いこけし程度に見ていたが、改めて出品写真の細部を見て「オッ! これは…」と目に留まった写真があった。それは盛こけしをほぼ真上から写したものであった。頭頂部と言えば前髪を束ねて後ろに垂らした紡錘形の黒髪と赤い水引が描かれているのだが、その水引がいつもの盛の水引とは違っていたのである。盛の水引は前髪を束ねた部分から、左右に5筆ずつ放射状に描かれるのだが、この出品作ではその5筆の内の真ん中が大きくくねっているのである。盛のくねった水引は大正期のこけしに見られる大きな特徴である。それが何故戦後のこけしに描かれているのか…。これは手元で見てみなくてはと思い、頑張って入手した次第である。口絵写真は、その盛こけしの表情である。
先ずは全体を見て頂こう。大きさは尺。胴底には「高橋盛 作」の署名があるだけである。盛の本型(普通型)のこけしである。全体の雰囲気から昭和20年代後半のものと思われる。戦後の鳴子こけしを代表する堂々たる一品である。
こちらにもう一本、同寸の盛こけしを並べてみた。秋田の本荘に居た盛が一家で鳴子に帰郷したのは昭和23年。当時の鳴子では下目で眼点の大きな西洋人形風なこけしが溢れており、盛のこけしにもその影響は避けられなかった。そんな折、昭和27年3月に土橋慶三氏が高橋勘治のこけし(西田勘治)を持って鳴子を訪れ、盛を始め集まった工人達に昔の鳴子こけしの復興を勧めた話は有名である。それを契機に本格的な鳴子こけしが復興するのである。右のこけしは昭和27年の作で、肩の山が高く目の小さい秋田時代に作っていた盛こけしの復活作である。しかし、盛のこけしは単に過去に戻っただけに留まらなかったのである。
やがて、左のように肩が丸く、肩の山が小さいこけしに変貌していくのである。姿・形だけで無く、胴模様や面描も一変するのである。このように変貌するのに多くの時間はかからなかった。昭和27年の後半にはこのようになったと思われる。胴は勘治型の様式を取り込んで反りの付いたものとなり、頭もやや角ばって横広気味になった。胴模様の大きな菊花も各花弁が離れた古い様式から、花弁が重なった華麗な描法となった。面描も眉・目が大きくなり、特に目は横に長くなり眼点が細いために遠くから見ると一筆目のように見える。右こけしとの目の違いは一目瞭然である。そして赤の色も、右では黒味がかった深い朱色であるが、左では明るい赤色となった。長い戦争が終わった解放感から明るい世の中を目指す世の風潮は新しい時代のこけしを求めていたのであろう。盛の明るい赤で描かれた華麗な菊花とこぼれるような笑顔のこけしは正にそのような風潮にマッチするものであったと思われる。
さて、水引の話である。写真は上の2本の頭頂部である。右が一般的な盛こけしの水引、左が本稿の盛こけしの水引である。左の水引では5本のうち中央の1本がくねっているのが分かると思う。この形の水引は正末昭初の作と言われる川口氏蔵の1尺2寸5分(「木の花22号」の『盛のこけし』掲載の⑨)の頭頂部に描かれている水引と同じである。それ以降の作でこの形式の水引は見たことがない。本稿のこけしにどうしてこのような水引を描いたかは分からない。ただ、同じ『盛のこけし』の解説の中では戦後の盛こけしの中に「先祖返り」をしたような形態・描彩のものがあると書かれており、この水引もそうしたものの一つだったのかも知れない。大正時代のこけしは盛に限らず、大正デモクラシーの風潮の中、明るく華麗で雅なこけしが多く見られる。戦後の明るい日本を代表したようなこけしに、この大正期の華やかな水引を描いた盛の気持ちが伝わってくるようだ。
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