第430夜:幸三郎と鉄寿(2)
我が横浜を含め7都府県に間もなく「緊急事態宣言」が出されることになった。これから五月連休明けまで、新型コロナウィルスとの戦いが始まる。欧米のような感染爆発にならないよう一人一人が最善を尽くそう。さて、第427夜では、ヤフオクで鉄寿として入手したこけしが幸三郎作であったこと、また「ひやね」の往来入札に幸三郎として出ていたこけしが鉄寿作らしいということで応札し、落札したところまでを述べた。その「ひやね」の幸三郎(鉄寿)こけしが送られてきたので、そのこけしについて話を進めて行こう。「往来(63集)」が来た時に入札品の中に幸三郎のこけしがあるのは気が付いたが、全体的にかなり黒ずんでいるのでそのままスルーしてしまった。その後、鉄寿のこけしを調べていてkokeshi wikiに掲載されている鉄寿のこけしが「往来」のこけしに似ていることに気が付いた。外出自粛の時期でもあり現物で確認するのは諦め、一か八かの思いで入札に参加したのであった。口絵写真は、その幸三郎(鉄寿)こけしの表情である。
こちらが、問題のこけしである。大きさは7寸5分で木地はかなり黒くなっているが持ってみると頗る軽い。wikiの鉄寿の項では「7寸以上で桐材を用いたものは、年月とともに桐材が黒くなり、また描彩も見えにくいものが多い」と書かれており、正にその解説の通りの桐材である。胴底には「昭和11高岡」の貼り紙と「鉄寿」との書き込み、「ひさまつ」の小さな印が押されている。早速、久松著「こけしの世界」を見てみると115頁に「高岡鉄寿」《685》7寸5分、昭和11作と書かれているではないか…。「こけしの世界」掲載の現品であった。写真から見ると状態は今より良かったようだ。その後、桐材のシミが大分出てきて状態が悪くなったのだろう。wiki掲載の鉄寿こけしの写真は保存状態が良いようだが、5寸強という大きさであるため小寸で使われたミズキのようだ。
今回、鉄寿こけしを紹介する切っ掛けとなった2本こけしである。左は鉄寿名義の幸三郎こけし、右は幸三郎として出品された鉄寿こけし。改めて鉄寿についてwikiから抜粋してみよう。鉄寿は高岡幸三郎の5男で大正6年5月12日、仙台の生れ。中学時代から父に木地を学び、卒業後は父の工場(福々商会)で働く。昭和10年から11年頃、職人として働いていた猪狩庄平が作るこけしに刺激されて、こけしを作り始めたという。猪狩庄平は平の佐藤誠に師事したため、その作るこけしは弥治郎風のものであったようだ。wikiに掲載されている深沢コレクションの鉄寿こけしを見てみると確かに誠風のこけしになっている。
鉄寿のこけしは橘文策著「こけしと作者」117頁で写真紹介されているが、そのこけしは7寸5分で「形態は遠刈田に近いが、描彩繊細にして頭頂に絢爛な牡丹を描き、三日月型の上釣った眉、撥形の鼻、鬢飾りを描いてその味弥治郎に通ずるものがある。胴に描かれた牡丹は殊によく、柔らかい桐の生地に調和して友禅の艶めかしささえ感じる」とある。本項のこけしと同型のものと思われる。橘氏の解説にある胴と頭頂部の牡丹模様を示す。
鉄寿のこけしとしては、もう1本wikiに掲載されている。こちらも胴模様など殆ど見えなくなってしまっているが、顔の描彩などを見ると、幸三郎として定着しているものに近くなっており、鉄寿亡きあと、このような鉄寿こけしをもとに幸三郎のこけしが作られていったと思われる。
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