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東京では連日200~300人の新型コロナ感染者が出ているのに、これといった有効な対策は講じられず、個々人による3密自粛に委ねられていることにもどかしさを感じる人は多いであろう。感染すると重症化が懸念される我々高齢者は、ひたすら自宅でコロナ禍を避けているしかない。本ブログの更新も日が空いてしまったが、気を取り直して頑張ろう! 花巻の佐藤末吉のこけしは結構好きなこけしの一つである。南部系の土地柄ということもあってか、形態にはキナキナの様式も取り入れられ、南部系と鳴子系の折衷こけしという雰囲気もある。末吉のこけしは目が大きいものが多いのだが、戦前の昭和15年頃の目は、その無垢で円らな瞳が何とも愛らしく、欲しいこけしであった。先日のヤフオクでそんな末吉を入手したので紹介したい。口絵写真はその表情である。
世界最多の新型コロナ感染者を出している米国でようやくMLBが始まった。日本人3選手(大谷、筒香、秋山)は初戦から皆安打を放ち、特に筒香は2ラン、秋山はタイムリーを打って華々しくMLBデビューを飾った。さて、我が家は朝日新聞を通読しているのだが、土曜日には12頁の別刷りが付く。昼食のパンを口に運びながら頁を捲っていると、小池真理子氏の「月夜の森の梟」というエッセイに目が留まった。内容は「夜、爪を切ると大切な人の死に目に会えない」という言い伝えの話。小池氏は父が無宗教者、母は自然崇拝者、夫は無宗教だったが縁起担ぎがあって爪切りは必ず昼間に行っていた。ところが小池氏は縁起を気にせず、爪は決まって夜に切っていたとのこと。その結果、小池氏は父母そして夫の死に目には会えなかったと綴っている。もちろん、それを後悔している訳ではなく、冬の朝の明るい光の中で亡くなった夫のことに想いを寄せながら、やはり夜になって爪を切っていると結んでいる。このエッセイを読んで、自らのことに想いを巡らすと、そう言えばまだ小学校の頃であったろうか、自分もそんな「夜の爪切り」の話を祖父か両親かはたまた親類や近所の年配者からか度々聞いていた気がする。今は全く気にしない気質になっているが、小さい頃には結構気にしていた事を思いだす。そして思い返せば、同居していた祖父を始め、若くして亡くなった母、そして父、更には親類の方々の臨終の席には一度も立ち会っていないことに気付いたのである。小池真理子氏も筆者も、昔からの言い伝えの呪力からは解き放されてはいなかったのであった。
鳴子の高橋正吾さんが亡くなって、ちょうど一か月。今日は月命日に当たる。コロナ禍で未だ焼香にも行けない中、鳴子に行けば必ず会えた正吾さんが亡くなったことは現実に思えない。その寂しさはじわりじわりと染み渡ってくるのだろう。今年の3月末、ヤフオクに無垢の木地物(こけしではない)が出品され、その解説に高橋正吾作とあったことから頑張って入手し、正吾さんに見せて話を聞こうと思っていた。それから2か月も経たない内の正吾さん急逝で、その楽しみは永遠に実現されず謎のままで残ってしまった。今夜は、その木地物を紹介すると共に、正吾さんを訪問した折々に撮って来た正吾さんの写真を掲載して、正吾さんを偲びたいと思う。口絵写真は、正吾作の木地物の頭部である。
暫く更新を滞っている間に東京を中心に新型コロナの感染者が急増し、東京では連日300人に迫る勢いになってしまった。友の会の7月例会は開催の予定で準備を進めてきたが、流石にこの状況下に東京での開催は不安要素が多く、本日「中止」の決定がなされた。せっかく楽しみにして予約を頂いた方々には申し訳ない結果となってしまった。なお、8月例会も、現状は開催の予定であるが、今後のコロナ次第である。ここのところ、こけしの新規入手が無く、暫く前の5月下旬の話である。ヤフオクに出品価1円で鳴子の1尺のこけしが出品された。緑の色は殆ど飛んでいたが、戦前のこけしと思われるものであった。胴底には「鳴子 菅原作」と記載されており、解説では菅原和平作となっていた。一人の応札があり、国恵が入札して11円となった。そのまま数日が経過し、締め切り10分前になっても11円のまま。これは大変な掘り出し物かと期待したが、流石にそんなうまい話にはならず、結局落札は出来たものの、まあまあの価格にはなってしまった。今夜はそのこけしを紹介しよう。口絵写真はその表情である。
自粛一斉解除後、徐々にコロナの新規感染者が増えていた東京で、遂に一日100人を超えた。友の会の7月例会は参加者数を制限しての開催で準備が進んでいるが、より一層気を引き締めなければならないだろう。さて、もう10年以上も前になるが、こけし店「あおぞら」が新橋にあった頃、店主よりお誘いがあって店に顔を出すと、保存の良い鳴子のこけしがあった。大沼甚四郎の戦前のこけしだと言う。今作ったのかと思われる綺麗さに逆に古品らしさを感じられず、その時は購入を見送ってしまい、その後甚四郎こけしとは縁遠くなってしまった。先日、「甚四郎のこけしは要りませんか?」というお話があり、そのこけしは保存が良く、胴底に「陸奥売店」の印があるとのこと。そこで、こけし手帖のバックナンバーを探してみると、第496号(平成14年5月)に、友の会の柴田長吉郎・元会長が「陸奥売店のこけし・大沼甚四郎」という記事を書かれているのが見つかった。そこには陸奥売店の甚四郎の写真(白黒)も載っており、それを脳裏に刻んで、今回の甚四郎こけしを見せて頂いた。今夜は、そのこけしを紹介したい。口絵写真は、その表情である。
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