第484夜:初作の魅力(大沼正人)
完成されたピーク期と言われる時期のこけしの魅力は言を待たないが、ある種それとは対極にある初期のこけしの魅力も侮れない。初作を作った時に入手するのは容易ではないため、中古品の中から探すことになる。「初作」の魅力は何かと問われれば、先ず第一に「初々しさ」と答えたい。木地修業に入り、やがてこけしを作ることになるが、木地にはぎこちなさが残り、描彩は稚拙でたどたどしいものである。しかし、そこには初めて自分のこけしを作ったと言う意気込みが感じられ、それが「初々しさ」として見る者の心に響くのである。さて、先週末に締め切りを迎えたヤフオクのワンコイン出品の中に18本の纏め出品があった。多くのこけしの纏め出品の場合、不要なものも送られてくるため敬遠する向きもあり、思わぬ掘り出し物に遭遇することもある。今回の出品こけしの中では大沼正人のこけしが気にかかった。正人は大沼健三郎の孫にあたり、健三郎の後継者として期待された工人であった。昭和58年(20歳)から木地修業・こけし製作を始めたとあるが、kokeshi wikiでも詳細な記載はない。こけしブームの終焉と共に転業してしまったようである。そこで、昭和時代のガイドブックを括ってみると、「伝統こけし 工人手帳」第4刷(昭和60年5月発行)に工人とこけしの写真が掲載されていた。それと比べて今回出品中の正人こけしは手慣れておらず、それらよりも前の作と推測して入札に参加した。流石に他にも応札者がありワンコインでの落札にはならなかったが、4コイン半ほどでの安価な落札となった。今夜はその正人こけしを紹介しよう。口絵写真はその表情である。
こちらがそのこけしである。大きさは6寸で、胴底には「61.7.26」の鉛筆書きがある。しかし、工人手帳の作(下写真:昭和60年5月)と比べると、本作の方が古いものであるように思われる。そして胴底をよく見ると「正人」という署名の横に、何と鉛筆で薄く「初作」と書いてあるではないか…。それなら納得である。61年という日付は、後に入手した人の入手日ということなのであろう。さて、本作を見て見ると、頭は蕪型で程良い太さの胴を付け、木地はしっかりと健三郎を継いだものになっている。一方、胴模様の車菊は小さくちまちまとしていて描き慣れていない未熟さが出ている。ところが面描は筆致が太く勢いがあって瑞々しい。真っすぐに正面を向いた大きな瞳、横一文字に引いた紅の口元にこけし作りへの決意が感じられる。正に初作の初々しさ(若々しさ)に溢れたこけしに仕上がっており、好ましい。
こけし手帳の作例(昭和60年5月)
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