第490夜:底書きの意味するもの
ここ暫く新しいこけしの入手も無く本ブログの更新が滞っている内に新型コロナの感染は急激に増加し、今後に大きな不安を抱えながら11月が終わり師走を迎えてしまった。先行きの見通せない暗い話題から逃避するためにも、こけしの話を続けて行こう。こけしはそれ自体を鑑賞するのが基本であるが、こけしの底には、作者(工人)や入手者によって様々な文言が書かれていることも多く、その情報が大いに役に立つのである。戦後は胴底に工人が署名をすることは当たり前となり、それ以外に「型名」や「日付」などを入れてくれることもある。特に実演などで工人が会場に来ている場合には、希望すればその場で「場所」や「日付」などを書き込んでくれることはよくあることである。こけし自体はその後、別の収集家に渡っていくこともあり、そのような場合にその底書きが大いに役に立つ。
今夜はそんな例を挙げてみたい。先日のヤフオクに遊佐福寿さんの昭和30年代のこけしが出ていた。その福寿こけしは2本(普通型と勘治型)あったが、締め切りは別の日になっていた。福寿こけしは国恵の最大の蒐集アイテムであり、所蔵していない時期のものであれば入手を検討する。しかも今回の作には底書きがあって、入手場所と日付が書いてあったのである。その底書きから、この2本が同じ日同じ会場で販売されたことが分かり、そうなるとこの2本がどうしても欲しくなってしまった。入札には同様の思い(?)の強敵が現れて2本とも激しい競り合いとなり、何とか入手できたものの結構な額になってしまった。口絵写真は、そうして入手した福寿普通型の表情である。
こちらがその2本のこけしである。大きさは8寸。底書きから、昭和37年1月27日に大阪大丸デパートで売られたことが分る。この2本はおそらくその場で作られたのでなく、署名は事前にされており、場所と日付のみ会場で書かれたものと思われる。胴の形はほぼ同じ、頭は勘治型(左)は丸く、普通型(右)はやや角ばっているようにも見えるが、製作上のバラツキかも知れない。普通型は「高勘」の伝統的な様式をもったこけしであり、その様式に則って作られているが、勘治型は形態・描彩とも普通型とは大きく異なっているはずである。しかし、この2本を比べてみると、胴の形は殆ど同じ、肩の山のロクロ線の様式も同じ、菊花の形は異なるが葉の描き方は同じになっており、勘治型としては不十分な点が散見される。最も、福寿さんが本格的に勘治型に挑戦するのは37年の後半になってからなので、この時点ではあまり強く意識はしていなかったのであろう。
次に表情を見てみよう。勘治型は眉太く、ほぼ水平の二側目でややきつめの表情になっている。一方の普通型であるが、表情がいつもとはちょっと違うようだ。福寿さんの普通型の表情は大らかで素直な笑顔のものが多いのであるが、本作では視線がやや左を向いてニヒルな感じの微笑みになっている。この時期の普通型がみなこのような表情なのか、これ1本だけなのかは同時期のものが手元にないため定かではない。
底書きの記載から、そのようなことを色々と想像してみるのも楽しいものである。
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