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2021年3月

第519夜:豆こけしの玉手箱(5)

Mame_syutin5_yajiro 桜満開の週末を終えて東京周辺では今年の花見もお終いとなってきたが、気候も良く最早人出の増加を防ぐのは難しい状況になっている。大阪を筆頭に各地でコロナの新規感染者が増えており、2週後の東京の感染者の急増が危惧される。さて、袖珍こけしの5回目である。「木の花」の解説でも第拾壱号では『袖珍こけし拾遺』として、大きさ1寸6分という規格に沿った袖珍こけしの周辺の豆こけしについて紹介している。本ブログでも、そのようなこけしを取り上げてみよう。口絵写真は弥治郎系こけしである。

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第518夜:豆こけしの玉手箱(4)

Mame_syutin4_koseki 今日で71回目の3月26日を迎えた。昨年は、こけし手帖の校正作業で神田まで出かけ、ついでに靖国神社と千鳥ヶ淵で花見を楽しんだが(第425夜)、それが最後で以降まさかのコロナ禍による自粛生活に入ってしまった。本ブログも、この1年での更新は93夜で100夜には届かなかったということになる。さて、昨夜の話の続きである。「木の花」の解説によれば、袖珍こけしには80工人の組み物の他に、番外品や模様変りも紹介されている。今回、ヤフオク入手の豆こけしにもそれらに類するものやはっきりしないものも含まれていた。今夜は、それらの豆こけしを紹介しようと思う。口絵写真は小関幸雄の袖珍模様替わりこけしである。

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第517夜:豆こけしの玉手箱(3)

Mame_syutin3_taiichiro 戦前の袖珍こけしは結局80工人分で終了となってしまい、頒布数も55組であった。これらの組み物には胴底に頒布番号のゴム印が押されているが、ゴム印の無い単品物も相当数あったようである。今回入手の豆こけしにもゴム印の無いものがあり、それらの中から「木の花」の写真と比べて袖珍こけしと思われるものを紹介したいと思う。口絵写真は、小椋泰一郎の袖珍こけしである。

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第516夜:豆こけしの玉手箱(2)

Mame_syutin2_ishizo 昨夜に引き続いて、ヤフオクで入手した戦前の袖珍こけしの紹介である。胴底に番号印が押された12本の袖珍こけしの内の残り6本である。世の中が太平洋戦争に突入していく中で、このような企画を行いそれを実行した当時のこけし愛好家の先輩達には、ただただ頭が下がる思いである。また、それに応じた工人の方々にも感謝の念を禁じ得ない。大変な戦禍をかいくぐって残ったこの豆こけしを手元で見ることが出来るのは無上の喜びでもある。口絵者品は、小椋石蔵の袖珍こけしである。

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第515夜:豆こけしの玉手箱

Mame_syutin1_sanai ちょうど一週間前の日曜日、例によってヤフオクを眺めていると、豆こけしが纏めて出品されているのに気が付いた。締め切りまで残り6時間程で、価格は既に5桁になっていた。価格からしてそれなりのものと思って出品写真を詳しく見てみた。出品者写真に載っている豆こけしの本数は50本を超え、新型のようなものも数本あったが、その多くは戦前の袖珍こけしと思われるものである。そこで、袖珍こけしの解説が載っている「木の花」(第7号~11号)、また全作のカラー写真が載っている「古作こけし名品録」(カメイ美術館発行)と比べてみた。袖珍こけしには胴底に番号の印が押されている他、模様変わりや番外品もあるらしい。そして、出品作の中には「木の花」解説者の中屋惣瞬氏をして袖珍こけしの白眉・双璧と言わしめた佐久間粂松と虎吉、また屈指の佳作とされた小椋石蔵も入っているではないか…。入手したい気持ちが高まったのは言うまでもない。昨今のヤフオクの流れの如く、終了1時間前辺りから応札者が増え、価格も上がっていった。最終的にはマッチレースとなり粘り勝ちで落札に至った。それらの豆こけしを順次紹介していきたいと思う。今夜は、袖珍こけし6本である。口絵写真は、新山佐内の袖珍こけしである。

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第514夜:裕介さんの精助写し(小)

Yusuke_sesuke6_kao 東京と周辺3県の緊急事態宣言が21日で解除と決まったようであるが、まだまだ喜ばれる状態でないことは確かである。さて、昨夜に続いて佐藤裕介さんにお願いしていた精助こけし(6寸)の写しである。「原」こけしは、第493夜で紹介したものである。残っているものが多くはない精助こけしではあるが、小寸のペッケ型は比較的見かけることもある。裕介さんの精助ペッケ写しは以前にも頼んだことがあり(第119夜)、今回は2回目となる。前回作は胴がかなり太目のボリューム感に溢れたものであったが、今回は弥治郎の一般的なペッケと言ってよいだろう。口絵写真はその表情である。

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第513夜:裕介さんの精助写し(大)

Yusuke_sesuke10_kao今年も白石での全日本こけしコンクールの中止が発表されたが、お膝元の宮城県では新型コロナの新規感染者が100名を超え厳しい状況が続いている。さて、昨年末に入手した精助こけしの写しを、いわき市の佐藤裕介さんにお願いしていたが、それが出来上がったので紹介したい。裕介さんには、以前、大野栄治と精助の写しを作って貰っており、その力量は確認済み。写しをお願いする場合、工人さんによっては年単位の日数を要する場合もあったりするが、裕介さんの場合、最初にどのくらいの日数で作れるかを言ってくれるので安心できる。今回も、コロナ禍で2月には大きな地震があったにも拘わらず、3か月ほどで大小2種の精助の写しを作ってくれた。今夜は、その内の大きい方のこけしである。口絵写真はその表情である。

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第512夜:帰ってきた蛸坊主(荒川洋一)

Yoichi_s46_kao こけしを集め始めて最初の産地訪問は、昭和46年の10月。大学のサイクリング部の合宿で会津若松から福島まで磐梯・吾妻スカイラインを走破した帰りであった。その時は、飯坂と土湯温泉に行き、3本のこけしを求めた。土湯温泉ではバス停横のアサヒ写真館で2本のこけしを買った。1本は欲しくてたまらなかった斎藤弘道さんの作、そしてもう1本は蛸坊主を選んだ。まだ工人名もろくに分からない時期で、蛸坊主は荒川洋一さんと三瓶春男さんの作があったと思う。作品の良し悪しなども分からず、荒川作を選んだのは、胴底の署名に「芳蔵弟子」と書かれていたからであった。その蛸坊主は国恵志堂の4番目のこけしであった。しかしその後、そのこけしは手放してしまった。最近、こけし自分史なるものを纏め初めたところ、この収集初期のこけしが必要になり、その写真を探したが見つからなかった。ところが先日、そのこけしがヤフオクに出てきたのである。何とも嘘のような都合の良い話であるが、そうしてこの洋一さんの蛸坊主が戻ってきたのである。今夜は、その蛸坊主を紹介したい。口絵写真はその表情である。

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第511夜:昭寛さんの健三郎型

Akihiro_ken3ro_kao 鳴子の桜井昭二さんは、師匠である大沼岩蔵型を手始めに、父母の型、永吉型や岩蔵の兄弟の型など幅広いこけしを作っているが、叔父である健三郎の型は見た覚えがない。息子の昭寛さんも昭二さんを継いで多くの型のこけしを作っている。健三郎の型も作ると言う話は聞いていたが、現物は見たことがなかった。先日のヤフオクに出品された昭寛さんのこけしは、昨年末に入手した健三郎の戦前作(第497夜)とよく似ており、手元で比べてみるために入手した。今作ったばかりかと思わせる白い木肌に赤と緑の色彩が眩いばかりのこけしを安価に入手できたのは有難い。今夜はそのこけしを紹介しよう。口絵写真は、その表情である。

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第510夜:秋山耕作のこけし

Kosaku_s16_kao コロナの緊急事態宣言が続く中、東京では桜の開花宣言があった。今年も例年に比べて10日以上も早い宣言とのことである。暖かくなって桜が咲けば、どうしても外に出て行きたくなる。コロナの収束には有難くない状況でもある。さて、鳴子の秋山忠や慶一郎の長兄である秋山耕作のこけしは見かけることが少ないこけしのひとつである。耕作は木地は挽いたものの描彩は行わず描彩は妻とらよが行っており、耕作名義のこけしも耕作・とらよの合作こけしということである。その製作時期も昭和14年~16年頃までの3年程である。今夜紹介する耕作こけしは先日ヤフオクに出品されたもの。ぽっぽ堂旧蔵品である。kokeshi wikiに写真掲載されている西田記念館蔵品と同手である。胴の緑もよく残っており、現存する耕作こけしの中でも最右翼のものであろう。口絵写真は、その表情である。

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第509夜:正吾さんからの便り(大滝武寛)

Takehiro_naruko_kao 高橋正吾さんの追悼として作った写真集「正吾のこけし(追悼)」は、先月中旬までで依頼のあった約70冊を配布し終わり、多くの方々に喜んで頂けたと思っている。その先月末に、何と大滝武寛のこけしがヤフオクに現れたのである。それまで殆ど知らなかった武寛のこけしに興味を持ったのは正吾さんのお陰であり、正吾さんによって武寛こけしを再現することが出来、本ブログによって多くのこけし愛好家の皆さんにも知って頂くことが出来たと思っている。正吾さんに最後に作って貰ったこけしは一昨年末の武寛大寸写しであった。そんなことを考えていると、今回ヤフオクに出てきた武寛こけしは、正吾さんが「正吾のこけし(追悼)」を作ったお礼として、武寛こけしに姿を変えて現れたのではないかと思わずにはいられなかった。今夜はその武寛こけしを紹介しよう。口絵写真は、その表情である。

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