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第521夜:豆こけしの玉手箱(7)

Mame_hoka2_eigoro 大坂、兵庫、宮城に「まん延防止重点措置」が発せられた。各地のコロナ新規感染者は増加の一途で減少に転ずる気配は見えず、またまた国民に自粛を強いる措置となった。さて、これまで6夜に渡って袖珍こけしを中心に戦前の豆こけしの紹介をしてきたが、玉手箱にはそれより少し大きなこけしも入っていたので、それも紹介しておこう。「木の花」では「豆こけし」の定義を2分から2寸位までとしているので、厳密には豆こけしとは言えないものかも知れない。口絵写真は新山栄五郎のこけしである。

Mame_hoka2_mae

こちらがそれらのこけし7本である。左から阿部常吉(1寸8分)、佐藤喜一(2寸)、高橋忠蔵(2寸1分)、新山栄五郎(2寸3分)、高橋盛(2寸7分)、佐藤文男(3寸)、佐々木与始郎(3寸1分)である。3寸以上の大きさになると流石に豆こけしと言う名称はそぐわないと実感する。
常吉は袖珍こけしと同様の作。喜一は袖珍は裾が縊れた型になっており、豆としては本作のような型の方が良いのではないかと思われる。忠蔵も袖珍を大きくしたような同様の作。栄五郎の袖珍はペッケ型であるが、本作は髷付きの本型となっている。盛は秋田に居たためか袖珍には入っておらず、本作は胴底に「仙台」とあるので、仙台で売られていたものであろう。文男は袖珍にも模様変りでロクロ線のものがある。与始郎は胴底に「志戸平」とあり大きいためか、同型の袖珍よりスタイルが良い。

Mame_hoka2_yoko

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上の7本の胴底と横から見たものである。

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