第534夜:阿部金次郎と大滝武寛のこけし
高橋正吾さんに写しを作って貰ったことから、鶴岡の大滝武寛のこけしに興味を持ち、その後も収集を続けている。先日、ヤフオクに阿部金次郎名義のこけしが出品され、それが武寛のこけしに似ていることから、kokeshi wikiや文献等を調べてみた。出品された金次郎こけしは7寸で肩の張った鳴子型のこけし。以前に入手した武寛こけしと大きさ、木地形態が同じことから、ぜひ並べて見てみたいと思い、獲得に名乗りを上げた。予想以上に人気があり、以前の武寛こけしより高価になってしまったが、何とか入手することができた。今夜は、その金次郎こけしと武寛こけしを比べて見たいと思う。口絵写真は金次郎こけしの表情である。
これまで金次郎のこけしは知らなかった。阿部金次郎という工人?名も初耳であった。wikiによれば、阿部金次郎(正式には金治郎)は明治21年4月6日の生れで、株式会社丸金を創業し、郷土玩具・民芸品・食品などの製造販売を行ったとある。郷土玩具や民芸品を扱ったのは関東大震災が起こった以降になってからのようだ。こけしに関しては金治郎が木地を手配し、大滝武寛や軽部留治が描彩を行ったのであろう。また自身でも描彩を行ったらしい。武寛はもともと、いずめこの作者で大正時代から作っており、金治郎も作ったらしい。こけしを何時から扱ったかは定かではないが、筆者所蔵のものを含めて文献等に載っている武寛のこけしは殆どが昭和12年となっている。その武寛は昭和12年8月21日に亡くなっているので、その製作期間は短いものと思われる。
こちらに、武寛(右)と金治郎(左)のこけしを並べてみた。大きさは7寸でいずれも童宝舎の旧蔵品で<コレクション図集(こけし綴り)に掲載されている。木地形態は純粋な鳴子型で「高亀」で作られたものと思われる。但し、比べてみると、金治郎作は頭は頭頂部が平らでやや縦長の蕪型で右の丸頭とは形が異なる。肩の山も金治郎は扁平に近いが武寛は丸く盛り上がっている。また、金治郎には胴下部に鉋溝が1本入っている。お約束の緑のグラデーションは双方に入っている。同じように描いたであろう面描は明らかに違っていて描彩が別人なのは明らかである。胴模様も武寛は大きな楓を一葉描いているが、金治郎は5弁と思われる花を4っ描いている。
左の金治郎作には胴底に鉛筆で「昭和12年 鶴岡 阿部金次郎」と書かれている。右の武寛も昭和12年であろう。武寛のこけしは文献などでも結構見られるが、金治郎作は、本作と4寸物が童宝舎の<こけし綴り>に、5寸物が<愛玩鼓楽>に載っているだけである。そして、気になるのはこの金治郎こけしが作られた経緯である。普通に考えられるのは、武寛が亡くなってしまって描彩者が居なくなったので、金治郎自身が代わりに描き始めたということ。武寛が亡くなって暫くは注文もあり、金治郎が代作を作って送ったという可能性はあるだろう。
一方で、武寛が生前中から金治郎も作っていたということは考えられないだろうか。wikiによれば、金治郎はこけしも自家製造を目指して描彩にも関与していたのではないかと記されている。武寛が亡くなったからと言って、すぐに代作を作るのはそう簡単ではないだろう。
武寛は上手い!可愛い! 2本を並べたら、絶対に武寛の方が売れるだろう。しかし、金治郎は武寛とは別に自分でも作りたかったのかも知れない。睫毛とか口紅とか、精いっぱいのお洒落をして… <愛玩鼓楽>の金治郎には、「睫毛が描かれている」とある。そして、本作にも睫毛は描かれている。口も小さいけれど良く見ると、口紅でお化粧をしたみたいに唇の山がハッキリと描かれている。それは女性のお化粧顔だ!
武寛は都会のお嬢さん、対して金治郎は精一杯お洒落をした田舎の娘さん。そうして作られた金治郎のこけしは決して上手くはないけれど、味があって無垢な瞳は人を惹きつけて止まないものがある。
頭頂部の複雑な赤い水引模様(左:金治郎、右:武寛)。これは二人とも全く同じである。何故、こんなに面倒な複雑な描彩をしたのだろう…? 正吾さんと武寛こけしを眺めながら話したのが懐かしい…
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