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第578夜:昭二さんの民之助型

Syo2_tami_kao 先日のヤフオクに桜井昭二さんの珍しいこけしが出ていた。その独特の形体・描彩から、遊佐民之助型のこけしだと分かった。昭二さんの民之助型と言えば、ずーっと昔に友の会の例会で頒布されたことを思い出した。その時には購入したが、その後手放してしまい今は手元に無かった。その頒布の記事がこけし手帖に載っていたことを思い出し、手帖のバックナンバーの記事タイトルを「民之助」で検索したが見つからない。仕方なく、昭和50年代の手帖を1冊ずつ括って記事を探した。こけしの写真を手掛かりに手帖の頁を捲っていくと、ようやく昭和54年3月号に見つけた。その記事タイトルは「鈴木庸吉こけしの発見」となっている。これでは、民之助ではヒットしないはずだ。今夜は、その昭二さんの民之助型こけしを見て行きたい。口絵写真はその表情である。

今となっては、昭二さんが民之助型を作った経緯なども知らない人が多いと思われるので、手帖の内容を要約しておこう。
東京こけし友の会の元会長である西田峯吉氏のところに京都在住の朏(みかづき)健之助氏から1本の古こけしが送られてきた。昭和52年10月のことである。その古こけしの作者名が分からないので教えて欲しいという依頼であった。西田氏は大きさ7寸程のそのこけしを幸八系列のものと推測し、11月9日に鳴子に赴き、松田初見さんに意見を聞いた。初見さんの見解は、鈴木庸吉ではないかということであった。12月になって柴田長吉郎氏所蔵の民之助こけしも持参し、更に鑑定を依頼したところ、木地・描彩とも庸吉ということであった。その帰り道、昭二さんを訪ねてその古こけしを見せると大いに感動して写しを作りたいという話になった。帰京後、朏氏の了解を得て、翌53年4月に鳴子を訪れ、昭二さんに古こけしを一晩預け、数本の模作こけしが作られた。その後、全国こけし祭りの折、昭二さんと話し合って復元こけしを製作・頒布することになり、12月の友の会例会で頒布されたのである。この頒布では「鈴木庸吉の古型復元」となっている。今では民之助型として定着しているが、庸吉型から民之助型になった経緯を筆者は知らない。

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こちらが、今回入手のこけしである。大きさは7寸6分。胴底に「遊佐民之助型」「S62.8.10」の鉛筆書きがある。胴裾の拡がりが大きい等、53年作とは明らかの異なる。その後も何回か復元作が作られたのだろう。保存状態も良く、出来栄えも良いのだが他に入札者は無く、出品価の千円での落札となった。中古こけしが市場に溢れる今は、よく探せば良品こけしを安価に入手できる。第2次こけしブームの狂乱を知っている我が身には有難いことである。

Syo2_tami_hoka3

手元にある他の工人の民之助型こけしを並べてみた。左から熊谷正の足踏みロクロ挽き、平成19年7月。中央は松田忠雄の作、昭和62年5月。右は松田大弘作、令和2年5月。それぞれに個性が現れており見所が多く楽しい。こけし収集の醍醐味でもある。

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