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第602夜:昭和29年の正一こけし

Syoichi_s29_kao 先日のヤフオクに保存の良い佐藤正一のこけしが出ていた。太治郎型ラブの筆者は未だ持っていない昭和29年作ということもあって争奪戦に参戦した。出品数が増えたこともあって最近は落札価が下がっていた正一こけしであったが、久し振りの競り合いでは福沢諭吉の出番と相成った。さて、正一のこけしに関しては気になることがあった。それは鹿間時夫著「こけし・人・風土」に記載されていた正一訪問の話である。そこで改めて同書を読み直してみると、その訪問は昭和28年11月のことであることが分かった。そのセンセーショナルな記事の内容から、この時期の正一こけしに興味が湧いたのである。

 

 

さて正一訪問記をかいつまんで紹介しよう。その記事は「こけし・人・風土」の中で「鬼の旅」というタイトルが付けられている。昭和28年11月7、8日に鳴子で開催された第二回全国こけし大会に、東京こけし友の会(同年8月結成)からも有志が参加することになり、その帰途何人かが土湯に行くことになった。土湯では佐藤正一を訪問し、正一が当時作っていた太治郎写しのこけしに飽き足らなさを感じてた鳥居氏が持論を展開して正一を説得したのである。その熱意に感動した正一は太治郎から離れて自身のこけしを作ることになり、ただ1本残していた太治郎こけしを手放すことになったのである。それは見方によっては正一から太治郎こけしを取り上げることになり、そこから「鬼の旅」というタイトルを付けたのかも知れない。結局、正一は翌日に新しく2本のこけしを作り「おもしろいものができました」と言って手渡した。その署名には「太治郎二代目」との記載はなく「正一初作」と書かれていた。その年末、正一から最後の太治郎こけしと正一の新作がたくさん送られてきた。(ぜひ、本編を読んで頂きたい)

この記事の内容から推測すると、この時に正一が作った新作こけしはそれまでの太治郎写しとは異なったもの(特に描彩)であったと思われる。そこで、この話の前後の正一こけしを比べて見たかったのである。

Syoichi_s29_hikaku

ここに3本の正一こけしを並べてみた。左から6寸(S28.4.2 )、中は6寸(S28.7.8)、そして右が今回入手の8寸2分(S29.10.22)である。左2本と右の本作の間に、「鬼の旅」の正一訪問があるのだが、3本とも紛れもなく太治郎写しであり、右作にも鳥居氏に触発された変化は感じられない。昭和29年の10月時点では、また元に戻ってしまったのであろうか…? 

Syoichi_s29_syomei_hikaku

胴底の署名を見てみると、28年作の左2本には「太治郎二代目」の記載があるが、右では無くなっているので、この点は「鬼の旅」の影響なのであろう。「正一初作」や28年年末に送られてきたこけしがどのようなものなのか知りたいものである。

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