第614夜:松一さんの初期(戦中)こけし
父である伊藤松三郎を継いで、戦後の鳴子こけしの中心工人のひとりとして活躍した松一さんの初期のこけしについては殆ど知られていないのではないだろうか。先日ヤフオクに気になるこけしが出品された。一見では誰のこけしか分からなかったが、「松一」という署名と「19.2」の書き込みがある。手元で調べてみたいと思い、参戦して入手することができた。今夜はそのこけしを紹介しよう。口絵写真は表情である。
「こけし辞典(kokeshi wiki)」の松一の略歴によると、「戦争中に松三郎より木地挽きを習得し、戦後は沼井の開墾に従事し、その傍ら昭和22年頃よりこけしも作り始めた」とある。また写真による紹介は美術出版社〈こけし〉(昭和31年7月)が最初とある。ところで筆者は以前、松一さんの製作時期が分からないこけしを入手した際、松一さんに問い合わせを行った。そのことは第101夜で紹介した。その中で松一さんは「昭和17年から19年まではこけしの製作はしていたが描彩の方はあまりしていなかった」と語っており、胴底の「19.2」が示す昭和19年のこけしが存在する可能性はある。
こちらがそのこけしである。大きさは6寸5分。丸頭で肩の山は低い。胴模様は簡素な菱菊。面描は眼点が大きく、細い瞼の上下にはみ出したような感じである。溌溂とした若さを感じるとも言える。
松三郎の戦前のこけし(左)、第101夜で紹介した20年代の松一こけし(右)と並べてみた。表情と胴模様の上の横菊は松三郎のそれを写したものと言えなくもない。また、胴模様の下の簡素な正面菊は本作から右のこけしへと引き継がれたのであろう。
上3本のこけしの鬢から頭頂部の描彩を比べてみた。基本的な様式は同じである。戦前(松三郎)から戦中、戦後へと引き継がれた松三郎家のこけしである。
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