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第684夜:佐藤文六のこけし

Bun6_s13_kao 昨夜に引き続き、今夜は佐藤文六のこけしである。文六のこけしはかなりの数が残っており、中古・古品市場でも時々見かけるが、第4期と言われる昭和16年以降のものが多いようだ。筆者は文六のこけしは小寸を1本持っていたが、やはり本格的なものを探しており、先日それに合致するものを入手できたので紹介したいと思う。口絵写真はその表情である。

佐藤文六は明治13年、遠刈田新地で佐藤文吉の三男として生まれた。明治25年長兄文治について一人挽きを1年間修業、翌26年には青根で小原工場の職人となり35年(23歳)まで働いた。35年には肘折に移って尾形工場に入り佐藤周助のもとで働いた。明治45年、佐藤盛昭の誘いで及位に移り、仙北沢にある荒取り工場で働いた。大正3年(35歳)、及位駅前の佐藤盛昭の工場を引き継ぎ、及位木工所として木地業を続けた。昭和9年、農林省の助成で及位ロクロ木工組合工場が完成し、そこの中心となって昭和18年10月頃まで働いた。戦後は昭和21年8月より駅前の工場で仕事を開始し、昭和25年3月14日71歳で亡くなるまで木地業をつづけた。(以上、kokeshi wikiより抜粋)

文六のこけしは大正期からのものが残っており、天江蔵品(大正13年)4本が知られている。その後の文六こけしの推移については、「木の花(第拾四号)」で次の4期に分類されている。第1期:昭和8年以前、第2期:昭和9~11年、第3期:昭和12~15年、第4期:昭和16年以降。

Bun6_s13_2hon Bun6_s13_yoko_2hon

こちらのこけし、左は6寸2分で加々山旧蔵品。右は1尺で久松旧蔵品(昭和13年6月)。共に第3期の作品と思われる。枯淡の第1期、迫力の第2期に比べると、整ったおとなし感じのこけしと言えるかも知れない。頭は若干縦に長くなったかという感じ、頭と胴のバランスは良い。右作は頭が長くなった分、目の位置が下がって下目となっている。この第3期では、胴の上下に太い赤ロクロ線が2本重ねて描かれ、その間に二段または三段の重ね菊が描かれている。

Bun6_s13_kao_2hon Bun6_s13_soko_2hon

顔の表情を比べて見た。頭が手絡と黒頭の違いが良く分かる。右写真は胴底の旧所有者の印とラベル。右の大寸では胴裏の大きな菊の裏模様が素晴らしい。

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