第749夜:古鳴子残照
先日、こけしの斡旋でお世話になっているA氏から連絡があり、鳴子の古品があるので見ませんかとのお誘いを受けた。誰の作かと聞くと、大沼けさのだと言う。けさののこけしは鳴子系の中でも稀品中の稀品。鳴子系には特に力を入れている国恵志堂ではあるが、けさのの入手は諦めていた。米浪氏旧蔵品で<鳴子・こけし・工人>に写真が載っているものとのことで、早速見せて頂いた。今夜はそのこけしを紹介したい。口絵写真はそのけさのの表情である。
大沼けさのは、嘉永4年6月28日、宮城県玉造郡大口村(川渡鍛冶谷沢)の生まれで高橋丹治の二女である。高橋勘治は弟であり、後に大沼利右衛門と結婚した。大沼又五郎から始まる鳴子系こけしの創成期に関わる重要人物であり、利右衛門亡き後は家を二つに分けて一方は勘治に任せ、一方は自身で木地を挽いて(二人挽き)こけしを作ったという。明治37年旧暦3月9日(新暦4月24日)没、行年54歳であった。
昭和14年、米浪庄弌氏は日本橋の「山三」で入手した古品こけしを持って鳴子の大沼岩蔵を訪ね、鑑定を依頼した。その時点では、けさの作とは確認できなかったが、その話がけさのの孫の貢氏に伝わり、戦後西田氏が鳴子を訪れた折に貢氏と会い、岩蔵を訪ねた蒐集家のことを聞かれたという。西田氏は早速、米浪氏に連絡をとり、米浪氏から貢氏にこけしの写真が送られて、それがけさのの作であることが判明したのである。この経緯は、<こけし手帖(12)>や西田著<古鳴子追想><こけし・人・風土>で紹介された。
ところで、米浪氏が岩蔵に見せたけさのこけしは2本であったが、<こけし・人・風土>ではそれ以外に「山三」で同時に求めたこけしを含めて7本の古こけしが掲載されており、その内3本は大沼けさのと記載(米浪氏蔵B2本、米浪氏蔵C)されているが、残りの4本(6寸弱2本、たちこ2本)は単に(米浪氏蔵D)となっている。しかし、Dの6寸2本はBの6寸強と表情が酷似していることから、現在ではDもけさの作として扱われている。
こちらが今回のこけしである。米浪氏蔵Dの4本の内の1本であり、大きさは5寸7分。頭は頭頂部が扁平で角張っており、頬の部分にかけて細くなっている。細い胴は裾にかけて広がっており、肩の部分と裾部に鉋溝が1本ずつ入っている。頭は胴への嵌め込みで回すことができる。頭の形は勘治に通じるものがあるが、上下の鉋溝は「高勘」には見られない様式である。胴模様は赤色しか残っていないが、上部には大きな楓を一葉描き、下部には三筆の赤点(土か?)がある。楓は良く描かれる模様で先端が5つに分かれたものが多いが、本作では7つに分かれており、葉元も複雑になっている。今は地色になっている周辺部には緑の葉が描かれていたのであろう。
顔の部分を見てみよう。前髪は頭頂部に近く横に広い。前髪の後ろには少し離れて二筆の小さい黒髪、そこから三筆の赤い水引が広がる。鬢は二筆で左右に離れ、上部に赤一点の鬢飾りが付く。顔の面積は広く、細筆で左右の眉と瞼を描き、眼点は外寄りに描いているが、これが何とも言えない味わいを醸し出している。米浪氏蔵Dのもう一本の6寸は眉尻・目尻が本作よりも下がっているので如何にも女性筆らしい愛らしい表情となっている。鼻は一筆、口は黒一筆で下に紅を添えている。
頭頂部と胴底の「於芥子園」のラベル。ラベルの上には「ケサノ?」と書いてあるようだ。
「古鳴子」の範疇がどこまでか判然としないが、明治から大正期と考えて、該当するこけしを並べてみた。左から元村岩太郎、伝・岩太郎、勘治一家、けさのである。ここには今のこけしからは感じることが出来なくなってしまった当時の世の中の風潮を窺い知ることが出来るのである。
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