第768夜:小松留三郎のこけし
鳴子系の小松留三郎という名前は知ってはいたが、特に注目していた訳ではなかった。kokshi wikiによれば、留三郎かと言われるこけしは2本知られているが、1本は作並こけし風のものであり、もう1本は鈴木鼓堂氏旧蔵の鳴子不明こけしである。鼓堂旧蔵品は「こけし古作図譜」に掲載され、その後、無為庵コレクションに所蔵され、写真集「撰」に掲載された。そのこけしを先日紹介され、現物を見て話を聞いている内に欲しくなり、国恵志堂の仲間に入って頂くこととなった。そのこけしを紹介しよう。
小松留三郎は明治21年9月、山形県尾花沢の生まれで小松徳五郎の四男。明治23年に一家で鳴子に移り、留三郎は高橋万五郎の弟子となり木地修業を行った。独立後、鳴子で開業したが明治40年に鉛にて職人を勤めた後、鳴子に戻り、明治43年山形県上ノ山に移って木地工場を作った。大正2年9月28日、上ノ山にて没(享年26歳)となっており、こけしの製作期間は短い。小松五平は義弟にあたる。留三郎は万五郎の弟子なので金太郎系列に属するが、こけしの伝承は定かではない。
こちらがその鼓堂旧蔵のこけしである。大きさは6寸3分。留三郎は大正2年没ということから、明治末から大正初期のこけしということになる。丸い頭に胴裾がやや開いた細身の直胴、肩口には鉋溝が1本入り肩の山は大きめで彩色は無いようである。明治期の鳴子こけしは肩の山が低いものが多いようだが、金太郎系列はそうでもないようである。いずれにしろ、古鳴子の風格を纏った逸品である。
胴模様は横に口を開けた丸い牡丹の三段重ねで、畳付きには赤で土玻が描かれている。この胴模様は小松五平や伊藤松三郎にも見られ、金太郎系列では馴染み深い。肩口の鉋溝には、正面と向かって左側の2カ所に上から赤が塗られているが、このような様式は岩太郎や庄司永吉など岩太郎系列のこけしにも見られ、鳴子の古い様式なのかも知れない。
次に面描を見てみよう。頭頂部は相当黒くなっており、水引の様子はよく分からない。前髪は櫛形で中央部が少し下に膨れている。鬢は3筆で外側がやや長いようであるが、明確ではない。目は一筆目、丸鼻も一筆、口は小さな赤点のようである。特徴的なのは一筆目の描法で、右眼は普通の素直な筆致であるが、左目は大きくアクセントが付いており、土湯系の潰し目にも似ている。このような目のアクセントは、らっこコレクションにある大沼誓の大正初期のこけし(らっこ371番)にも見られるので、明治から大正期に流行った描法なのかも知れない。
こちらは、鼓堂コレクションのシール(左)と胴底の書き込み。
なお、本こけしに関しては「撰」の著者である無為庵コレクションに詳細な解説があるので参照されたい。
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